ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


 そう思いながらホテルのエントランスの方へ足を向ける。すると、ハルさんは私の手をグイっと引いた。おかげでバランスを崩し、そのまま後ろに転びそうになる。


「おっと、ごめん」


 倒れかけた私をすとんと受け止めて謝る。びっくりした。引き止めたいなら口で言ってもらいたい。


「どうしました?」

「あー、えっとさ」


 ずいぶんと歯切れが悪い。先ほどまで橋岡さん相手にあれだけしゃべっていたのに。

 ハルさんは軽く深呼吸してからようやく言う。


「一部屋予約してあるんだけど、今日は泊まっていかない?」

「え?どこに……」

「もちろんこのホテルに。いや、もっと遅くなるだろうと思ってたから一応予約してたんだ。それにここ、すごく夜景が綺麗に見えるって有名でさ」

「夜景、ですか」

「興味ない……?嫌なら全然気にしなくていいよ。今タクシー呼んで……」

「いえ、そんな有名なら見てみたいです。その夜景。ちなみに部屋はどんな部屋ですか?」

「最上階のスイートルーム。結構広かったと思うよ」


 待て待ていったいそれは一泊いくらするんだ。
 エントランスに入ったときから既に「このホテルの一番安い部屋は、昔家族旅行に行ったとき泊まったホテルの何倍するんだろう」などと考えていたのに、最上階のスイートルームとは……。


「……こんな若いうちから贅沢を覚えさせてどうするんですか」

「ん?」

「泊まっていきましょう。そんな高い部屋に泊まるチャンスは二度と訪れないかもしれないので」

「そんな大袈裟な……」


 ハルさんは苦笑して「じゃあ行こうか」とフロントの方へ向かう。

 ベルボーイに案内されて、少し薄暗い明かりのついたエレベーターに乗り、最上階の部屋まで行く。


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