ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
覚悟を決めよう。
そう思ってギュッと目を閉じたその瞬間だった。
──私のお腹から、ギュルルルル、と空腹を訴える音が鳴り響いた。
私はいつからお腹の中に低い唸り声を上げる獣を飼っていたんだと首を傾げたくなるほどの音量である。
まるで時が止まったかのような気分だった。
だが、部屋に設置された時計の秒針は確実に時を刻んでいた。時間が止まったような気がしたのは、ブラウスのボタンを外していたハルさんの指の動きが止まっているからだと気がつく。
良いものが食べられるからと昼食をパン一つにしたこと。橋岡さんと待ち合わせている間に何か食べるかと提案されたのに断ったこと。使い慣れないナイフでは妙に音がたつので気になってしまい、結局ほとんどたべられなかったこと。それらの記憶が走馬灯のごとく頭を駆け巡る。お腹が空いているわけだ。
私に残されている選択肢は三つ。一、謝る。二、恥じらう。三、誤魔化す。
……よし、誤魔化そう。
そう決めてハルさんに目を向けると、彼は肩を揺らしながら笑っていた。
「くく……ははは……。そういえば全然食べてなかったもんね。気が付かなくてごめん」
「っ、えっと……こちらこそ何かごめんなさい」
色気より食い気とはこのことだ。恥ずかしすぎる。
ハルさんは外しかけていたブラウスのボタンを留めなおし、私の上体を起き上がらせた。そしてぽんぽんと私の頭を撫でる。
「やっぱり今日はやめとこう。……正直ちょっと助かった」
「え?」
「夏怜ちゃんが僕のことを好きだって言ってくれたのが嬉しすぎて、舞い上がってて。あのまま続けてたら絶対めちゃくちゃにしてた」
「めちゃくちゃ……」