ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。


 めちゃくちゃとは。
 助かった、と思っておいた方が良いのか。いや、やっぱり少し残念な気がする。

 火照った頬を、比較的冷たい手のひらで冷やしながらため息をついた。


「何かルームサービス頼もうか。メニューどこに置いてあるかな」

「電話のところに」

「あ、あったあった。へえ、色々あるな。夏怜ちゃんお酒は飲めるっけ?ワインとかもあるよ」

「あまり強くないですけど少しなら」


 私もメニューをのぞきこんで値段に慄きながらも、その中で比較的安かったサンドイッチを選ぶ。

 その後私は、美しい夜景を見ながら少量の高いワインと噛み応えのあるパンで作られたサンドイッチでお腹を満たし、生まれて初めての泡風呂にゆっくりつかった。


「恋人、か」


 映画のワンシーンのように、お湯に浮く泡をすくいふっと息を吹きかけて飛ばしてから、そう呟いてみる。
 使い慣れない表情筋を先程から使っていたせいか、実に自然に笑みがこぼれた。


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