ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。
「お疲れですか?」
「ん?」
「あまり眠れていないような顔をしてるなって思って。そういえば昨夜も遅くまで起きてましたよね」
「えっ、嫌だな。顔に出てるのか……歳かな」
ハルさんはがくりと項垂れてため息をつく。
「はあ……。夏怜ちゃんが添い寝でもしてくれたらよく眠れそうなんだけどな」
「……一応聞きますけど、隣で寝るだけで済みますか?文字通り添い寝だけで良いなら協力しますけど」
「……無理だろうなそんな生殺し。まず間違いなく襲う」
疲れてるんじゃないのか。朝からそんな真面目な顔して言わないでもらいたい。
スッと目を細めると、ハルさんは「冗談だからその目やめて」と苦笑する。
「まあその……それはもう少し待ってもらえると嬉しいです。心の準備とか諸々と。正直ちょっと怖いし」
「わかってる。怖いのは当たり前だよ。夏怜ちゃんがそうやって考えてくれてるだけでも僕は嬉しい」
ホテルでの一件からひと月少しが経つ。あれ以来私たちは、キス以上のことはしていない。
あの日は雰囲気と勢いに任せて一度は覚悟を決めたのだが、結局その後怖じ気づいてしまい、何となくそれらしい空気になると理由を付けて逃げてしまっていた。
ハルさんの方も、付き合うとなったその日に手を出そうとしたことを後悔しているらしく、私のタイミングに合わせるから慌てなくてもいいと言ってくれた。
そう言ってもらえるのは非常にありがたいのだが、中学生のカップルではあるまいし、ハルさんは不満に思っているのではないかと不安でもある。
「で、結局寝不足の原因は何ですか?」
私はこの話を終えようと、話題を本筋に戻した。