わたしたちの好きなひと
 運転席から、のっそり、おじさんがやってきた。
「なにがあったか聞かないけど。ひとりでご飯はおいしくないだろ。…ほれ、お茶。おじさんのオゴリな。先生には内緒だぞ」
 わたしの膝の上には、走ったせいで片側に寄ってつぶれたおむすびのお弁当。
「わぁ、ありがとう。なんか足首ひねっちゃって……。みんなに悪いからひとりで帰ってきたの。お茶も買えなかったから――うれしいです」
「そうかい。足かい。もう痛くないのかい?」
「はい!」
 痛くない。
 いろいろ痛くなくなったよ、おじさん。
 わたし大丈夫。
 いじめられたりしてないよ。
 心配させてごめんね。
 心配してくださって、ありがとう。
「本当にありがとうございます」


 おとなになったら、きっとまた、ここに来よう。
 鳥獣戯画も、お抹茶も、みんなみんなふっとばして。
 ただひたすら走っていた自分の姿……。
 そのときはきっと笑えるだろう。
 そして、きっと思い出す。
 温かかったお守りを。
「ほら、お嬢ちゃん。熱いよ。気をつけてな」
「わーい」

 冷たいおむすびを食べていたら、それでもふいに胸が苦しくなった。
 (恭太……)
 わたし、思い出ができた。
 恭太との新しい思い出が…できたよ。
 ポケットには、恋するひとたちの祈願成就の確率を下げてしまう,罰当たりな女の子に買われてしまった縁結びのお守り。
「ごめん…ね」
 
 みんなの恋は実りますように。
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