わたしたちの好きなひと
 なに言ってるの。
 無視されてるの、わかるでしょ?
「――――ふん」
 鼻息で返して鍋に牛脂を塗りつけていく岡本に、わたしが硬直するくらいだから、女子は全員固唾をのんで縮こまった。
 わたしが野菜を追加して仕上げにかかったお鍋のほうは、ぐつぐつと煮立って、甘塩っぱい食欲をそそる匂いも漂い始めているのに、だれの(はし)も動かない。
「男12人と女12人で、肉の量が同じって、不公平感ない?」
 掛居に話しかけられて、10人の女子がいっせいに岡本を見る。
 岡本がことさらにゆっくりと、お鍋から掛居に視線を流した。
「謹慎の身とは思えないくらい…お元気ですこと」
「あはは。まぁ、明日は女子23人で楽しんでくださいよ」
 そう。
 ベンチ組は、手塚治虫美術館コースで宝塚行きを勝ち取った。
 宝塚にいていい名分さえあれば、掛居の用意したチケットで観劇を終えて劇場を出てくる恭太を待つことも可能だから。
 掛居がまったく今回の謹慎処分に異議を唱えないのは、そのへんにも理由があるかもしれない。
 なにしろ掛居は、恭太さえいれば、旅館に閉じこめられようと楽しいのだ。
 グループを組んだ岡本やわたしの非難なんて、正面きってきちんと伝えない限り、気にしてもくれない。
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