わたしたちの好きなひと
「シューコはかまってやらないと、すーぐふくれるんだから」
「だれも、かまってくれなんて、言ってま――…」
 言っている間に伸びてきた掛居の腕に、エレベーターに押しこまれた。
「恭太がいっしょだと逃げまわるし。おれとふたりだと、あらぬ誤解をされちゃうし。ホント、気ぃつかうよなぁ」
 なん…ですって?
 気を使ってもらったことなんて、ないわ!
 いまのなによ。
 (え…)
 掛居が押したボタンは5。
 シングルルームの多い一般客フロアなので、不要不急の移動は即刻止めろ、と委員は厳命されている階だ。
「ちょっと。どこ行くのよ」
「見ればわかるでしょ」
 掛居はアゴを、光る数字ランプに、くいっと向ける。
「ここ、新館と旧館わかれてるけど、5階には連絡通路があるよな。シューコだってマップ見たろ」
 見たわよ。
 わたしだって委員だ。
「というわけで。おれたちは、めでたく新館から外出するの」
「掛居っ!」
 なんてこと。
「まだ、やりたりないの? いったい、どうしちゃったのよ? だいたいこんなこと、また山田に知れたらっ!」
「それがなに? なんのための温泉さ。ちょっと考えたって若いぼくらのためじゃないことくらい、シューコだってわかるだろ。まわりは山だし。教師が楽をしたいんだよ。…そういうの、むかつく」
 いやだっ。
 エレベーターのドアが開いて。
 だめ!
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