わたしたちの好きなひと
 大広間で点呼を受けて、続々と出発するみんなを見送りながら、わたしは掛居にもらった雑誌を読む…ふり。
 めずらしく寛大な掛居は、岡本を誘って恭太と旅館の庭園散策に出ている。
 つまり、美術館組もついていったので、ひとり居残る理由を探す必要がでたからなんだけど。
「おや稲垣さん。ほかの皆さんはどうしましたね?」
 背中をゾクゾクッと震わせるウォーリー山田の声。
「出発点呼は終わってますので、外で…お庭を拝見すると言ってました」
「それは高尚な。――あなたは?」
「そろそろ時間なので――…」
 あわてて雑誌をナップサックにつめて立ち上がると、山田がついてくる。
 (な…に?)
「手塚治虫先生のご本は、私も若いころ読みましたので。ごいっしょします」
 (ぎゃぁぁぁぁ)


 午前8時台の下り電車はすいていた。
「地元の皆さんが乗りこんでこられたら、立てばいいことです。まあ、お座りなさいよ」
 山田に座席をぽんぽん叩かれても美術館組は顔を見合わせるばかりで動かないし。
 わたしだって、今度こそ貧乏くじは引かない決意で視線をそらす。
「じゃ失礼します。座ろうぜ、拓弥(たくみ)
 驚いたことに招待に応じたのは恭太。
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