わたしたちの好きなひと
「ちょうどいい、稲垣さん。あなた、スケジュールは把握してるでしょ。観劇組の日程表、私にくださいな」
「――――へ?」
 突然のことに変な声が出てしまったけど。
 思い出に取っておくのもつらいし。
 捨てるのも自虐的でためらっていたし。
 これはチャンスだ。
 センセがほしがるから、さしあげるんだ。
「どうぞ。目印の信号とか、お土産物屋さんとか、いっぱい印つけてますけど」
 ひとりで行動しなきゃいけない自分用に作りあげたマップつき。
「おお。ソーワンダホー。稲垣さんは努力家ですな」
「…………」
 ほめられちゃったよ。
 うれしくないけどさ。

 成り行きで山田の相手をしながら、たらたら歩いて行った先には、すべての不幸を忘れてしまえるような景色。
「うわ、センセ、あれ、なんでしょう」
「あれは……七五三の参拝では? そういえば今日は土曜でした」
 たどりついた中山寺は朝もまだ早い時間に、かわいらしく着飾った子どもたちと、その親御さんでにぎにぎしく華やいでいて。
「聖徳太子がお建てになったのよ」
 先行組にお寺の由来を説明している岡本の声に、山田とふたり「ほぉ」。
「そりゃまた、すばらしいじゃないですか。ねぇ稲垣さん」
「はぁ……」
 この調子で山田につきまとわれたら、わたしとしては、あまりすばらしくないんですけど。
 先行集団に追いついて、じりじりと山田から離れてみる。
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