わたしたちの好きなひと
「そういえば…さっきの廊下のさわぎはなんだ?」
 黒いポスターケースを1本、わたしに渡してくるのは絶対に重いからじゃない。
 仕事を分け合ってしまえば、わたしを逃がさない口実ができるからだ。
 いじわる。
(こん)くんが……」
「恭太が?」
 本当に、いじわる。
 そんなにひとの顔を見ないでよ。
 わたしがもう恭太って呼べないの、知ってるじゃない。
「なんでもねぇよ」
 わたしの視界のすみで、ロッカーに寄りかかっている恭太が、ぼそっと言った。
「ああ、なるほど。また恭が見せ物になってたわけね」
「どうして、そういう言いかたするかな、おまえは。――知ってるだろ」
「なにを? おまえが一高のヒーローだってことか」
 掛居は教室側の壁にもたれて、おもしろそうに笑ってみせる。

 進学校からただひとり、県の選抜メンバーとして招集される恭太。
 学校としては良い成績を残せていないけど、1年の時から国体では活躍していて専門誌に取材もしてもらっている。
 掛居だって、誇りに思うとわたしには言うくせに。
 ヒーローだなんて。
 ちゃかすのは、からかっているって、ちゃんと恭太に教えるためだ。
 掛居の恭太への愛情は、保護者みたいに大きくて。
 恭太が先生に怒られるときには、いつも掛居がとなりにいた。
『掛居くん、あなたがついていながらぁ』って。
 よく髪の毛をむしってたっけね、先生たち。
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