わたしたちの好きなひと
「なっさけねぇヒーローもいたもんだ」
 ぼそっとつぶやいた恭太の声に、わたしはケースを握る指が震えてしまうのに、掛居は笑っている。
「とにかく悪かったな。恭太には関係ないのに」
「…三部ものがたり、か」
 (えっ?)
 恭太がまたつぶやいた。
「地図だろ、これ」
 突然恭太の長い脚が、ちょうどふたりの間、廊下の真ん中にいたわたしの腕のなかのケースの底を、コツンと蹴った。
「や…やだ、もう。これだからサッカー部は」
 わたしったら。
 (いやだ…)
 怒っているのは…フリだけだ。
「まぁ、おまえらは楽しんでこいよ」
「…………っ」
 恭太、だれに話しかけてるの?
 わたし……、返事していいの?
 ちらっと見た掛居は、黙ってアゴをちょっとつきだした。
 わたしたちの関係を知っているのは掛居だけだから、掛居はときどき、こういういじわるをする。
 恭太はわたしが掛居にはなんでも話すことを、きっと知らない。
 わたしは、自分が恭太にふられたことを、掛居に知られたくない女の子を演じなきゃならない。
 深呼吸。
< 18 / 184 >

この作品をシェア

pagetop