わたしたちの好きなひと
「稲垣…さ。本当にひとを好きになったこと、ある?」
「そんなこと……」
 こんなところで聞かれたって。
「わたし…みにくいでしょう? でもね、自分でもどうしようもないの」
 それは聞いたことのない声。
 かすれて…小さい、ふるえた、声。
 思わず振り向いて。
 そこに見たのは、わたしの知らない岡本だった。
 自信にあふれた、イヤミなくらいきれいな岡本。
 おしゃれで、自分の見せかただってよく知ってる。
 真面目な印象を、ちょっとゆるふわの髪で柔らかくして。
 みんなのために泣かない、強い、やさしいマネージャーさんだ。
 (いや…だよ)
 わたしの大好きな岡本は、どこにいっちゃったのよ。
「稲垣……」
 岡本の足元で、モップがくるくる円を描く。
 わたしはもう顔をあげられない。
「あんた、ふられたこと…ある?」
 ……喉が。
 砂漠に、なった。
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