わたしたちの好きなひと
「まあ、あんたには掛居氏がいるから。わかんないわよね、こんな気持ち」
「だったら、言うな!」
「稲垣……」
「…………」
「稲垣、お願い。4人で行こう。わたしにチャンスをちょうだい!」
「…………」
 (ばかばかばかっ)
 岡本が、だれかに聞かれるのもかまわず叫んでいるのに。
 わたしは、モップで思いきり廊下をこすりながら、岡本を置き去りにする。
 (わたし……)
 こんないじわるが、できるんだ。

 掛居がいるから?
 ふん!
 掛居が好きなのは、恭太だ。
 なんにも知らないくせに。

 ごしごしこする廊下に、ぽたぽたと水がこぼれる。
 それが自分の涙だって気がつくまでに、わたしのモップは水気を失って、もう前に進まなくなっていた。
「だ…めだよ、掛居」
 わたし、だめだ。
 ふられたときだって、泣いたりしなかったのに。
「いや…なの」
 やっぱり、いやなの。
 恭太が、だれかを好きになったりしちゃ、いや!
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