わたしたちの好きなひと
 制服の集団はだらだら移動する。
 最終点呼地の駅のコンコースの端は、まだ各クラス整列もできない状態で、引率の先生がたもうんざり顔で旗を持って壁の前に立っている。
 なんの訓練もされていない300人が同じ行動をするなんて、混乱を極めてあたりまえなのかと安堵の汗をぬぐったとき、遠くのほうで異様なざわめきがおきて。
「なんでしょう。E組の野沢先生が、なにか叫んでらっしゃいますね。稲垣さん、あなたちょっと、見てらっしゃいな」
「…………」
 (ま…さか……)
 見上げた電光デジタル時計は10時52分。
 少人数なら走れば充分、改札を抜けられているはず。
 (まさか、まさか…)
「稲垣さん! なにを呆けているんです。…仕方ない、あなたここを…」
「先生!」
 わたしへの命令を途中で止めたウォーリーと、声の主を振り返る。
「ああ掛居くん、なんです、あの騒ぎは」
「途中で降りちゃったやつがいるらしいです」
「なんですって? だれです。そういうチャイルディッシュなことをする生徒は。それでこの騒ぎかっ」
「…………」
 先生、あなたの受け持ちの生徒です。
 しかも主犯はこいつ!
 にらんでやるのに掛居はあくまでポーカーフェイス。
「そいつらが到着するのを確かめるまで、動けないらしいですよ」
「なんと! そりゃ大ごとですね。…ちょっとウチも、もう一度、点呼をお願いしますよ、稲垣さん」
 ウォーリーは、1-9分けの髪を逆立てて、わめいている野沢先生のほうに生徒をかきわけて進みだした。
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