このせかいに在るがまま
―side 天晴―
姉ちゃんが「夜の学校に忍びこもう」と言いだしだのだってあまりにも唐突な出来事だった。
姉ちゃんは良く忘れ物をするすこし抜けた人で、それでいて適当な人だった。
宿題に出された算数のドリルを学校に忘れてきたときも、書初めがある日に習字道具を家に忘れたときも、途中で気づいても「まあいいやー」で済ませるような人。
だからこそ、あの日姉ちゃんに「学校にハンカチ忘れてきちゃったから天晴もついてきてよ」と言われた時は不思議だった。
「ハンカチくらい明日で良いんじゃないの」
「だめなのー。誰かにとられちゃったら怖いもん」
「でも、ばあちゃん心配するよ」
「ばあちゃん最近耳遠いから、こっそり出れば平気平気」
両親は仕事で家を空けることが多く、おれと姉ちゃんはばあちゃんの家で育てられた。
じいちゃんはもうずっと前に天国に行ってしまったけれど、ばあちゃんは「天晴と海歩がいるから寂しくないよ」と口癖のように言っていた。
そんなばあちゃんは、その頃から前にも増して物忘れが激しくなり、耳も聞こえずらくなっていた。意識はまだまだしっかりしているけれど、元気なころのばあちゃんが時々頭を過っておれは不安になるのだ。
けれど姉ちゃんは、そんなばあちゃんを利用して、おれを夜の学校に連れ出した。