御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
「私と結婚するならあなたの優秀な秘書の女性を異動させてもらえます?」

「それはできません」

 考える間もなく即答する。秘書の用意した花の好みが違っていたからなのかはわからないが、どんな理由でも早希を手放すつもりはない。

 そもそも彼女とは、最初から仕事に口出しはしないという話だった。こちらの心の内を読んでか、相手は冷たい視線を送ってくる。

「そういう話です。明臣さんも千葉航空機も魅力的ですし政略結婚だと割り切ってはいますが、他の女性に夢中な男性と結婚するほど私は愚かでもお人好しでもないんです」

「他の女性?」

 ますます理解できずにいると彼女はこれ見よがしにため息をつく。

「自覚がないなんて、余計にたちが悪いですね。ならこう言えばいいかしら。私とその優秀な秘書の女性、あなたにとって大切なのはどちらですか?」

 そう言い切り彼女はしばらくこちらをじっと見た後、おもむろに席を立つ。引き止めるなら、説得するのなら今だ。

 仕事と私生活は違う。同じ次元で比べるのは不毛だ。

 なんとでも言えそうなものを、結局俺は去っていく彼女になにも声をかけなかった。

 特段ショックも悲しみもない。自分でも驚くほどに。振り返ってみると結婚を前提にふたりで会って過ごしていても俺の心が彼女に動かされたりはしはなかった。

 ならば動かされる相手は誰なのか。早希の顔が浮かんで、頭を振る。

 妙な発言をされたせいで意識しているだけで、早希に対して特別な感情を抱いているわけじゃない。このときの俺は自分の気持ちを認められなかった。
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