御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 それがあっさり覆ったのが出張を翌日に控えたあの日、早希と顔を合わさず、一日忙しくしていると、珍しく俺の携帯に母から電話があった。

 出れば父が倒れたという内容で、わずかに動揺しつつだからといってなにかをするつもりはない。

 そう思って部屋に戻ると、早希がまだ残っていた。もういい時間だと思って眉をひそめると先に彼女が口を開く。

「もう終わるところでした……なにかあったんですか?」

 いつもの俺ならなんでもないとかわして終わらせた。それがどうしてか、先に指摘されたからか。

「父が倒れて病院に運ばれたらしい」

 なぜか俺は早希に事情を話していた。自分らしくないと思いつつ彼女の顔を見ると上手くやりすごせなかった。

 状況を口にして気持ちを整理したかったのかもしれない。ただ聞いてほしかっただけだ。ところが、彼女は俺の話を聞くなり病院に向かうよう促してきた。

「断言します。あなた、絶対後悔しますよ!」

 いつもの早希にしては珍しく強引で、感情をむき出しにして俺に意見してくる。

 押される形でタクシーに乗り込むと、早希は自分の過去を語りだした。父親の死に目に会えずに後悔していること。自分と同じ思いをしてほしくないと。

 彼女の話に耳を傾けながら、俺はもう下手に抵抗するのはやめた。本当は早希の言う通り、父の容体を気にしている。

 病院に向かうこの状況は俺も望んでいたのかもしれない。とはいえ、俺が行ったところで父は微妙な反応をするだろう。
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