御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 それから趣味や大学時代に学んだこと、好きな音楽や映画など社長の質問に私が答えるというやりとりをしばらく続けた。

 会話と呼ぶには硬いし、仕事というにはプライベートな内容で不思議な感覚だった。そして少しだけ会話に慣れてきたころで私から切り出す。

『私からもひとつ質問してもかまいませんか?』

『どうぞ』

 社長は嫌がる素振りもなく静かに返した。

『どうして社長は千葉重工業の跡を継がず、新たに会社を興したんですか?』

 今まで気にはなっていたけれど尋ねる機会もなかった。当然、彼の口から語られた記憶もない。

 ところがこの質問の後、社長の表情が急に曇ったので私は少しだけ後悔する。気を悪くさせたかと内心で焦っていると、社長は渋々といった面持ちで私からわざとらしく目線を逸らし自嘲気味に微笑んだ。

『昔から空や宇宙が好きだったんだ。いつか父の会社を継いで航空機の分野を作ろうと夢見ていたけれど、父は首を縦に振らなかった。昔から俺のすることのなにもかもが気に入らないんだ』

 社長の口から語られる事実は思いもよらない内容だった。てっきり千葉重工業の御曹司として子どもの頃からなに不自由のない生活を送り、今の地位を得ていると思っていた。

 だから、あんなにも冷たくて不遜なところがあるのだろうと。でもそれは彼なりにひとりで戦ってきた証なのかもしれない。

 そう考えると今までの社長の態度がまた違ったものに思えてくる。私はおとなしく彼の話に耳を傾けた。
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