御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 そう思って出張を終え会社に戻ると早希の退職を聞かされ、まさに寝耳に水の状態だった。

 たしかに退職に関しては人事部の事案で社長とはいえ俺は直接関与しない。それにしても急すぎる話だ。

 出張中の連絡はすべて君島さんが請け負っていたので、予想もしていなかった。君島さんに事情を尋ねると、彼女は曖昧な表情で早希の退職理由は結婚するからだと告げた。

 頭の回転は遅い方ではないと自負しているが、それでも一瞬、理解が追いつかなかった。

 結婚するのが本当だとして、どうして急いで仕事を辞める必要があるのか。いつか食事をした際、彼女は仕事が好きだからいつか結婚したとしても続けたいと話していた。

 結婚を考えている相手がいるという話題も……。

 そこで俺の思考は一度止まる。

 俺はどこまで彼女のことを知っていたんだ? 言わなかっただけで、本当は付き合っている相手がいたのかもしれない。結婚を考えている相手が。

 わかっているのは、早希があの夜の出来事をなかったことにしたいという気持ちだけだ。

 結婚相手に悪いと思ったのか、仕事を続けたくても一夜の過ちを犯した相手と顔を突き合わせるわけにもいかないだろう。

 その考えに至り、俺は早希に連絡しようとしていた手を止める。話したいことがあった。伝えたい気持ちも。

 けれど彼女にとってはどれもまったく必要としていないものなのかもしれない。
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