御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 シングルマザーとして生きていく覚悟はとっくにした。彼にはなにも望まない。けれど、私の都合で父親の存在を消していいのかと悩む。こればかりは子どもの権利だ。

 万が一、私になにかあったときのために。芽衣が大きくなって父親のことを知りたくなったときのためには……。

「それだけでいいのか?」

 相変わらず感情の乗らない口調。怒っているのか、安堵しているのか。まともに彼の顔が見られないまま続ける。

「はい。あと欲を言えば、もし芽衣がもう少し大きくなって父親に会いたいって言い出したら」

 会ってほしい、というのは声にならなかった。いつのまにかすぐ左隣に社長が来ていたからだ。端正な顔を見上げると彼の形のいい唇が動く。

「川上が望むことは全部叶えてやる」

 そう言って彼は私の左手をゆるやかに取った。

「結婚しよう」

「お断りします」

 迷いなく即答すると社長が目を丸くした。

「……答えるのが早すぎないか?」

「迅速な回答は仕事の基本では?」

「これはビジネスじゃない」

 軽快なやりとりの中で社長が眉を寄せ言い放つ。だが私は気にしない。

「どうでしょう。社長にとってはビジネスみたいなものじゃないですか?」

 そもそも私の望みを叶えると言って、どうして結婚になるのか。

「義務で言っているわけでも、書類上だけの父親になるつもりもない」

 たしかに認知や父親として会う機会など、結婚すればすべてが解決するかもしれない。あくまでも彼にとっては。
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