御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
「また時間を作る。話もしたい。明日も会いに来てもかまわないか?」

 もちろん拒否などできない。

「あの、社長」

 高級な革靴をはき、ドアに手をかけた社長に声をかけると振り向いた彼と目が合う。言いたいことがたくさんあるのに、うまく言葉にできない。

「……すみません」

 振り絞って出たのは謝罪の一言だった。なにに対してなのか、思うところがありすぎるとはいえこんな曖昧な言い方はよくない。

「謝ってばかりだな、川上は」

 社長の声からは感情がやはり掴めない。出ていこうとした彼は(きびす)を返し、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

「早希」

 突然名前を呼ばれ、わずかに気持ちが揺れる。

「結婚を申し込んでおいて名字呼びも妙だな。名前で呼んでもかまわないか?」

「……はい」

 たっぷり間を空けてから答える。嫌というわけではなく急な展開についていけないだけだ。社長が私を名前で呼ぶ日が来るなど想像もしていなかった。

 それを言ったら今の状況も大概だけれど。続けて彼は私の頭にそっと手を置いた。

「いきなり現れて、戸惑わせたな。でも、さっき言った件は本気だ」

 戸惑わせたのは私の方だ。社長は芽衣に視線を移し、彼女の頭も撫でる。

「芽衣にも会えてよかった。早く覚えてもらえるように努力する」

 そう言って今度こそ社長は部屋をあとにしていった。しばらくその場で立ちすくむ。自分の身に起こった出来事がどうも信じられない。
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