御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
『結婚は……するべきなんだろうな』

 昨前の年明けだったか、仕事をしていると前触れもなく社長が告げたので私は目が点になった。キーボードを打つ手が思わず止まる。代わりに反応したのは君島さんだった。

『あら、社長。ついに決められたんです? ヒビノ工業のお嬢さん?』 

『ああ』

 私としてはまったく寝耳に水の話だった。社長の方を見ないまま平静を装い、口を開く。

『それは……おめでとうございます』

 祝いの言葉にしてはずいぶんと愛想のない言い方だった。しかし社長は特段気にしない。

『まだ紹介されただけだ。ただ、ヒビノ工業とは付き合いも長いし、相手と家柄や育った環境が似ているのはいい。ある程度の価値観、地位や財産に固執する女性ではないのも保証されている』

 どう考えても自分の話をしているとは思えないほど社長の言い方は淡々としていた。まるで――。

『ビジネスみたいですね』

 気づいたときには遅い。思わず声に出していた。慌てて社長の方を見ると彼はじっとこちらを見ていた。私はまさしく蛇に睨まれた蛙になる。

『本当そうですよ。ちゃんと愛がないと結婚生活やっていけませんよ?』

 張りつめた空気を壊したのは君島さんだ。さすが千葉工業でも長年秘書を勤め、社長を幼い頃から知っているだけある。社長も君島さんには強く出られない。

 その証拠に社長は小さく息を吐いた。
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