御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 二人掛けのリビングテーブルでパソコンを開き、提出用の資料を確認する。そのときパソコンの呼び出し音が鳴った。カメラをオンにして私は気を引き締める。

『おはよう、早希。久しぶり、元気にしてた?』

 まるで友人のように気さくに話しかけてくる相手に思わず脱力する。画面の向こうにはスーツをきっちり着こなし、人のいい笑みを浮かべている男性が手を振っていた。

 岡崎(おかざき)(たける)、三十二歳。株式会社ストリボーグの若き社長で今の私のボスだ。流れるような黒髪に涼やかな目元、どこか中性的な顔立ちは、底知れない知的さを醸し出している。

「おはようございます、社長。中国工場の視察はいかがでしたか?」

『よかったよ。あとで資料を送るからまとめてほしい』

「承知しました」

 軽くメモをして、見えるところで遊んでいる芽衣にちらりと視線を送る。まだ機嫌よく遊んでいる。

『早希と芽衣にお土産もあるんだ。芽衣にぴったりのものがあってね』

「いつも娘にまでありがとうございます」

『そりゃ、ゆくゆくはパパの座を狙っているからね』

 私は思わず苦笑する。もちろん冗談なのだが、彼のこの軽快な口調には、正直まだ慣れない。とはいえ――

「社長には……岡崎家の皆様には感謝してもしきれません」

 キーボードから手を離し、私は目を伏せた。

 芽衣を妊娠していると気づいたとき、正直私の心情は穏やかじゃなかった。産むことに迷いはなかったけれど、その後を考えると不安でどうしようもなかった。
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