御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
『最低限の歩み寄りは見せる。ただ会社のトップに立つ以上、既婚者の方がなにかと信頼も得られるし、あれこれ娘や孫だのと紹介されなくてすむ』

 それを聞いて、ますますビジネス感が強くなる。君島さんも同意見なのか肩をすくめたもののそれ以上はなにも言わなかった。

 私はちょうど完成したデータを印刷し、社長の元へ持っていく。

『上がってきた市場調査のデータと他社の売り上げを合わせたものです。ご確認ください』

『川上』

 早くもなにか不備があったのかと身構えると社長は資料に目を通していた。

『この前の資料もわかりやすくいい出来だった』

 どうせ褒めるなら目を見ながら言ってくれればいいのに。そう思ったタイミングで彼が資料から顔を上げた。不意に視線が交わると社長はかすかに笑う。

『秘書が有能で助かっている』

『……恐縮です』

 さっさと自分の席に戻り、不必要にパソコン画面に顔を近づけ睨めっこする。

 本当に馬鹿だ、私。ちょっと認められたくらいでこんなにも胸が熱くなるなんて。

 けれど彼は結婚する。それがビジネスのようなものだとしても。自分の中途半端な気持ちにケリをつけるいい機会だ。

 彼とは家柄や育った環境もまるで違う。最初から仕事を通してでしか近づけない人だった。

 紹介されたという社長の相手はヒビノ工業の社長の孫娘、日比野玲奈(れな)さん。社長より四つ年下でまさにご令嬢といった上品さと美しさを兼ね備えている。
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