御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 その二ヶ月後の三月半ば、社長が三ヶ月の海外出張に出かける前日だった。

 私も君島さんも同行せず社長がひとりで行く予定で、留守中の段取りなど私は珍しくひとり遅くまで残って仕事をしていた。

 なんとか終わらせパソコンの電源を落とす。真っ黒になったモニターにかすかに映る自分を見て右手で両目を覆う。さすがに疲れた。

 転職……しようかな。

 そう思う回数がじわじわと増えてきた。割り切ったつもりでも、やっぱり社長が日比野さんと会うためのセッティングをしたり、彼女と結婚すると思うと胸が痛む。

 そのせいで仕事に支障をきたしたくない。せっかく私の能力を買ってくれている社長を失望させたくない。

 年末に久しぶり会った茜に、株式会社ストリボーグへの転職を勧められた。茜の兄がまもなく新社長として代替わりするそうで、同じ業界だし秘書としてどうかと。

 あのときは即座に断ったけれど……。

 転職したら余計な気持ちに振り回されず仕事に専念できるのかな。

 そのとき前触れもなく部屋のドアが開いたので、心臓が口から飛び出そうになる。この部屋にノックなしに入ってくるのはひとりしかいない。

『お疲れさまです』

『まだ残っていたのか』

 案の定現れたのは社長で、私がいるとは思っていなかったらしい。

『もう終わるところでした……なにかあったんですか?』

 いつになく彼の表情に狼狽の色が浮かんでいる。社長は一瞬ためらった後、ぎこちなく呟いた。

『父が倒れて病院に運ばれたらしい』

『え?』

『詳しい容態はわからないが、おそらく命には別状ない』

 社長は髪を搔き上げ、眉間にしわを寄せている。
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