御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
『私、父の死に目に会えなかったんです』

 父親を亡くしているのは、いつかの機会で社長に話していた。意表を突かれたのか、なにも返してこない社長に私は極力感情を乗せず、事情だけを端的に説明する。

 母に引き取られてからは、父とはまったく会わなかった。高校生の頃、突然父が入院し、あまり長くないかもしれないと母から告げられたときは正直戸惑った。

 どうやら母は連絡先だけは知っていたらしい。今更会ってどうするのか。親とはいえとっくに自分の人生からは退場した人だ。ましてや父は新しい家庭を築いているという。

 思春期ならではの反発心もあって、私は結局、父に会いに行かなかった。そしてしばらくして父が亡くなったと聞かされた。

 自分で会わないと選択したはずなのに後から苦しくなった。父は私を本当はどう思っていたのか。もしかすると少しは会いたいと思っていたのか。気にしてくれたことはあったのか。

 少しは……私を愛していた?

 わからない。本人が亡くなったのだから。この先、答えが見つかることはもう二度とない。

『私がそうだったから。ずっと後悔しています。でも社長はまだ間に合います!』

 言いきって私は隣の社長としっかりと目を合わせた。

『お父様になんで来たんだって憎まれ口を叩かれたら、私が言い返します。嫌なら上に立つ者が……親が子どもに心配かけるような倒れ方をするなって』

 決意を滲ませて宣誓すると、社長は目を丸くし彼の灰色がかった虹彩が揺れた。続けて軽く噴き出す。
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