御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
『おい』

 社長が驚くのも無理はない。彼と食事に行っても私はアルコールに手をつけたことがなかった。仕事だという線引きはもちろん、元々弱い体質なのもある。

 口の中で炭酸が弾け、鼻に抜ける甘い香りと味にすぐに体が熱くなった。

『私、職務中にお酒なんて飲みません。だから……ここからは個人的な判断であなたといるんです』

 言い切ってから目が回り、椅子からよろけ落ちそうになる。そばにやってきた社長が支えようとしたが間に合わず彼を巻き込む形で、ふたりで床に座り込んだ。

 目線の高さが同じになり、私は彼の頭に手を伸ばす。

 私はあのとき、どうしてもらいたかった?

『色々あってお疲れ様でした。大丈夫、お父様は無事です。大丈夫です、社長はひとりじゃありませんから』

 心が弱っているときにひとりになりたくない気持ちは嫌というほどわかる。私は行儀悪くもその場で膝立ちして社長の頭を包むように抱きしめた。

『大丈夫。なにも心配いりませんよ』

 彼の柔らかい髪が指を滑っていく。いつもなら絶対にこんな真似できない。アルコールの力か、我ながら大胆なことをしている。

 本当はこうして彼のそばにいるのは日比野さんのはずだった。

 どうして別れたの? どちらから切り出したんだろう? もしも彼女からだとしたら……。

 そのとき彼の瞳が私を捉えた。彼の瞳の中に映る自分を見つけられそうなほどに近い。動いたのはどちらが先か。ゆるやかに唇を重ね、気づけば私はそのまま彼に溺れてしまった。
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