御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 そのどれもが記憶の中の彼と一致していて逆に腹立たしい。

 元々色素が薄いのか透明感のある暗髪にモデル顔負けの端正な顔立ちは、見る者を圧倒させる。灰色がかった虹彩は漆黒の瞳孔を際立たせ、揺れることなく私を見つめてきた。

「お、お久しぶりです、社長」

 おずおずと答える。反射的にドアを閉めなかった自分を褒めてやりたい。

 彼は千葉(ちば)明臣(あきおみ)、三十二歳。国内三大重工業のひとつ千葉重工業から独立し航空機の製造に特化した千葉航空機株式会社の若き社長だ。

 私が秘書として勤めていた人物でもある。すべては過去の話だ。

「あの、すみません。今、取り込み中でして」

 彼の元を去って一年半になろうとしている。もちろん黙って消えたわけじゃない。ちゃんと退職願を出して受理された。

 それから彼は一度も私に連絡を寄越したことはない。そして今、私のアパートを普通に訪れているが、こんな事態は初めてだ。

 どうして今になって……。

「誰か中にいるのか?」

 彼の問いで我に返る。私は失礼を承知でさらにドアを引いて、今にも閉めそうな勢いになった。

「と、とにかくお引き取りください。連絡はメールか電話でお願いします。変えていませんので」

 早口に捲し立て、ドアノブに力を入れる。しかし社長がドアを掴み、閉めるのを阻止された。

「川上」

 久しぶりに呼びかけられ、私はびくりと反応する。いつも彼の口からこの次に出てくるのは仕事の指示だ。

 しかし、今は切羽詰まった様子で相手は続ける。
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