御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 近すぎず程よい距離感でスタッフは会話を振りながら私の髪をカットしていく。小気味よいハサミの音と共に髪が床に落ちていくのを鏡越しにじっと見つめた。

 長さをあまり変えずに軽やかになっていく様は見ていて気持ちがいい。

 なにもしなくても髪をシャンプーして、丁寧にブローしてもらえるのがこんなにも心を躍らせるとは思わなかった。久しぶりの美容院に喜びを噛みしめる。

 芽衣を生んで当たり前だったことが難しくなった。自分の都合だけでは動けなくて、苦しくなるときもある。

 子育ては綺麗事だけでは済まされないと、まだ一年も経っていないのに嫌でも思い知った。でもそれ以上に幸せなのは事実だ。

 芽衣は、明臣さんは大丈夫かな?

 心配しつつ私はスタッフにされるがままだった。

 トリートメントで時間を置く間、頭や首、肩などのマッサージをされ、ネイルケアまで施される。薄くマニキュアを塗ってもらい気持ちが明るくなる。

「はい、お疲れさまでした」

 すべてのコースを終えて、スタイリングチェアから立ち、改めて鏡に映った自分を確認する。

 髪は結べるギリギリの長さにしてもらい、艶がありサラサラで手触りも抜群だ。まとめるにしてもヘアゴムが落ちてしまいそう。

 マッサージのおかげか、同じ姿勢でいたにも関わらず体が軽い。手を目の前にかざせば、光沢のある爪がきらりと光った。

 自然とニヤけてしまいそうになる。とはいえ、ずっと芽衣と明臣さんを気にしていたのも本当で、私は足早に部屋に戻った。ゆうに二時間は経過している。
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