御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
「結婚したんじゃないのか? どうしてまだこのアパートにいる? なんで俺に」

 そのとき部屋の奥から小さな泣き声が聞こえる。芽衣が起きたんだ。早くしないと火がついたように声を張り上げ大泣きになる。

 反射的に私はドアからすぐに手を離し奥の部屋へと消えていった。弱々しく泣きながら半分寝ぼけ(まなこ)で首を振っている芽衣を抱き上げる。

 どうしよう? どうすればいいの? 今さらどうして――。

 本当はわかっている。彼がわざわざここを、私を訪れた理由を。私と彼は社長と秘書でそれ以上でもそれ以下でもなかった。

 ところが、まぎれもなく彼は芽衣の父親だった。そして私は彼に娘を出産したことはおろか妊娠さえ告げていない。

 様々な想いが交錯して私は芽衣を縦抱きにしてぎゅっと抱えたまま再び玄関に戻った。

 社長は中にこそ入らないが、ドアの端に手を掛け、開けた状態でこちらを見つめている。悪あがきかもしれないが、芽衣の顔を自分の方に向けた状態で近づいた。

 社長は眉をひそめつつなんともいえない表情でおもむろに尋ねる。

「その子は……」

「私の娘です」

 彼の言葉を遮り私は言い切った。動揺を顔に見せないように精いっぱい虚勢を張る。

「ちなみに結婚はしていません。どこからの情報ですか、それは」

 わざと突っぱねた言い方をして話題を逸らす。そもそも、いつも情報源(ソース)を確認するよう言っていたのは社長の方だ。

 言い返されると踏んでいたが、彼はこちらをじっと見つめたままだ。
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