御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
「ああ、あの千葉重工業の! お父様の調子はどうです?」

 明臣さんより先に彼の父の会社が思い浮かぶのは無理もないのかもしれない。とはいえ明臣さんのお父様が倒れられた話は業界内ではそこそこ広まっているようだ。

 話し出すふたりをよそに、日比野さんの視線はこちらに向いた。意味もなく心臓が跳ね上がる。

「奥様ですか? 娘さん、明臣さんにそっくりですね」

 日比野さんは笑顔で近づいてくると芽衣をじっと見つめ、続けて私に注意を向ける。

「ご結婚されていたなんて知りませんでした。ちなみに明臣さんとはどちらでお知り合いになったんですか?」

 彼女の質問に他意はない。変に取り繕う必要はない……はずだ。私はぎこちなく告げる。

「……元々、彼の秘書をしていまして」

「ああ! 明臣さんから聞きました。優秀な秘書がいらっしゃるって」

 私の回答に日比野さんの顔がぱっと明るくなった。まさか明臣さんが私の話を彼女にしているとは思わなかった。

「私たちが会っていたお店もあなたが段取りをしてくださっていたんですよね」

 ところが続けられた内容にいささか心が揺れる。それを悟ったのか悟っていないのか、日比野さんは急に申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「お気を悪くしたらすみません。ですがホッとしているんです。関係を終わらせたいと言い出した身としましては今、彼が幸せで」

 今度はあきらかな動揺が胸の中に広がる。目を瞬かせて日比野さんを見ると、彼女は残念そうに微笑んだ。
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