御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
「私には彼の妻は務まらないと思ったんです。でも優秀な秘書だったあなたでしたらぴったりじゃないでしょうか」
 
 そんなことないと謙遜を兼ねた否定をすべきだ。けれど私はなにも返せず、芽衣を抱え直した。

「そのお洋服も髪型もすごくお似合いですよ。彼の妻を務めるのは大変だと思いますが、頑張ってくださいね」

 言い終えると日比野さんは明臣さんと話している叔父に声をかけた。

「明臣くん、この機会に少しどうかな? ここのバーは旨い酒が揃っているし、ご馳走するよ」

 まだ明臣さんと話足りないのか、男性は豪快に笑いながら提案する。

「行きませんか、明臣さん? 今後の仕事に繋がるかもしれませんし」

 日比野さんも叔父さんの意向を促す。明臣さんが返答しようと口を開いた瞬間。

「明臣さん、せっかくのお誘いですから行かれてはどうですか? 私は先に戻って娘を寝かしつけていますから」

 ほぼしゃべらなかった私が突然、饒舌に会話に加わった。驚いた顔をする明臣さんを差し置いて、日比野さんの叔父さんが満足そうに反応する。

「奥さんが元秘書だと仕事に理解があって羨ましいよ。さすがだ、いい人を選んだね」

「お先に失礼します」

 最後まで話を聞かず一方的に頭を下げると私は足早にその場を去る。

 なにか嫌なことを言われたわけでも聞かれたわけでもない。なのに、どうしてこんなにも胸がざわめくの?

 私は後ろを振り返らずひたすら部屋を目指した。
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