御曹司は懐妊秘書に独占欲を注ぎ込む
 社長の問題じゃない。彼の反応はたしかに気になっていたけれど、結局相手を言い訳にして自分のエゴで伝えなかっただけだ。

「いつか、いつかはお話しないとと思ってはいました」

 言い訳がましく伝えるとおとなしく抱かれていた芽衣が、訪問者が気になるのかちらちらと社長の方に顔を向けだす。私はそっと彼に近づいた。

「名前は芽衣です。芽吹くの芽に衣服の衣で芽衣。十二月生まれで今は十ヶ月になります」

「芽衣か、いい名前だな」

 そんなふうに言ってもらえるとは思ってもみなかった。名前に反応した芽衣が社長をじっと見つめる。至近距離で娘の顔を見た社長は目を白黒させた。

 無理もない。芽衣の顔は彼にそっくりだった。とくに瞳の感じがよく似ている。

「……遺伝子の力は偉大だな」

「私もそう思います。おかげでどこにいっても『美人ね、お父さん似かしら?』って言われるんですよ」

 しみじみと呟く彼に軽い調子で返す。父親の顔を知らない他人にまで言われるということは、私と芽衣が似ていないのか、暗に私が美人ではないということか。

「川上にもよく似ているさ」

 さりげなく返された言葉になんだか泣きそうになる。

「抱いてみてもかまわないか?」

 遠慮がちに言われ、私は反射的に一歩下がった。

「ですが、この子今よだれがすごくて……スーツを汚すかもしれませんし」

「かまわない」

 社長はためらいなく答えが、彼が抱っこしたら芽衣が泣くのも予想できた。

 けれど、こんな機会はもう訪れないかもしれない。しばらく迷った後、私は再び彼に近づきおもむろに芽衣を差し出す。
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