【改訂版】新アリョーナの旅路
第4話
11月30日に、アタシはカレの実家にケンカしに行った。
アタシは、カレの実家の家族に対して『カレと大ゲンカになった…カレがアタシの右の首筋を思い切り噛んだ…ひどく傷ついた…どうしてくれるのよ!?』と大声で怒鳴りつけた。
カレの家族から50万ユーロをぶん取ったアタシは、ボストンバックと赤茶色のバッグを持って、列車に乗ってフランスへ逃げた。
12月8日、花の都・パリに到着した。
ボストンバッグと赤茶色のバッグを持ったアタシは、パリの中心部のオルテルリッツ駅で列車を降りた。
アタシは、途方に暮れていた。
カレの家族からぶん取った50万ユーロで、どうやって暮らして行こうか…
アタシは、そんなことを思いながらセーヌ河沿いの通りを一人で歩いた。
ところ変わって、ベルシー公園にて…
アタシ、公園のベンチに座ってぼんやりと考え事をしていた。
公園に、たくさんのカップルさんや家族連れの人たちが来ていた。
アタシは、5ヶ月前に別れたタメルラン(元カレ)のことを思い出した。
タメルランは、本当にグロズヌイに帰ったのか…
もし、どこかで元気で暮らしているなら、アタシに知らせてほしい…
そんなことよりも、まずはバイトを探すことから始めなきゃ…
そして、住まいを確保しなきゃ…
立ち止まっているヒマは、1分もない…
そんな時であった。
「やだー、アリョーナじゃない。どうしたのよ一体?」
この時、ハバロフスクのハイスクール時代の仲良しで、ソルボンヌ大学に留学中のナスティアと再会した。
「ナスティア…会いたかったわ。」
「アリョーナ、一体どうしたのよ?」
ナスティアと再会したアタシは、セーヌ河沿いのプレシダン・ケネディ大通りにあるアパートヘ行った。
ナスティアが暮らしているアパートの部屋にて…
ナスティアが暮らしている部屋は2LDKの8畳ひとまの部屋で、キッチンとシャワー室とトイレつき…
居間には、大画面の地デジテレビとブルーレイレコーダーと高級家具…
キッチンには、高級調理器具が並んでいる。
部屋の窓から、エッフェル塔がすぐ近くに見える。
ナスティアは、実家から毎月3万ルーブルの仕送りを受けながらソルボンヌ大学へ通っている。
ナスティアは、大学へ行ってどんな勉強をしているのか…
大学に行ったら、すてきなボーイフレンドが何人いるのか…
いいな…
ナスティアは…
うらやましいわ…
ナスティアは、コーヒーとモンブラン(チョコケーキ)を持って居間に入った。
そして、テーブルの上にゆっくり置いた。
「アリョーナ、コーヒーが入ったわよ…」
「ありがとう。」
アタシは、ナスティアから差し出されたケーキをひとくち食べた。
ナスティアは、コーヒーに角砂糖をいれて、スプーンでかきまぜながらアタシに言うた。
「アリョーナ…あんた、女子大はどうしたのよ?」
「やめた…ううん、両親にやめさせられたの。」
「どうしてやめたのよ?」
「どうしてって…」
アタシは、コーヒーをひとくちのんでからワケを言うた。
「一番上の兄が…顧客から預かった預り金を…勝手に持ち出して…ウラジオストクまで行って…サウナ店に…入り浸りになったのよ…あげくの果てに…一番上の兄は…サウナの女と逃げて、行方不明になったのよ…それで、アタシは女子大をやめさせられた…お見合い相手の家の人が…4000万ルーブルをユウヅウして下さった…それでアタシは…」
「お見合いをさせられたのね。」
「うん。」
ナスティアは、アタシに右の首筋についている歯形のことをきいた。
「アリョーナ…あんた…右の首筋に歯形がついているけれど…どうしたのよ…その傷は?」
ナスティアから右の首筋についている歯形を聞かれたアタシは、気持ちが動揺した。
あの日…
タメルランと別れたことと、両親が決めた結婚相手との挙式披露宴のことで気持ちがギスギスしていた…
その時に、ガラの悪い男たちに集団でレイプされた…
歯形は、リーダーの男のもの…
そんなこと、口が避けても言えない…
あの時の恐怖を思い出したアタシは、サクラン状態におちいった。
やめて!!
離して!!
離して!!
「アリョーナ…アリョーナ…一体どうしたのよ?」
ナスティアに言われたアタシは、はっとわれに帰った。
「アリョーナ…一体どうしたのよ?」
アタシは、ナスティアに右の首筋の傷のことを言うた。
「あのね…右の首筋の傷のことだけど…」
アタシは、コーヒーをひとくちのんでからナスティアにわけを話した。
「あのねナスティア…ハバロフスクを飛び出した後、シベリア鉄道に乗って…モスクワを経由してサンクトペテルブルグまで行ったの…サンクトペテルブルグのピロシキカフェでバイトをしていた時に知り合ったドイツ人の男の人と知り合って…お付き合いをして…そして…フライグブルグで結婚をした…けど…ヒモだった…その時に…ダンナと大ゲンカになって…」
「ダンナからのDVで…首筋を思い切り噛まれたのね。」
「うん。」
「それで、あんたはどうしたのよ?」
「ダンナの実家に怒鳴りこんで…50万ユーロをぶん取ったわ…だけど…アタシが生きている限りは、ダンナをうらみ通すわ!!」
「アリョーナ…」
アタシは、たくさん涙を流して泣いた。
しかし、アタシの気持ちは晴れなかった。
もうたくさん…
結婚なんかはしたくないわ…
アタシは、12月10日に市内第2区のモンコルトル通りにあるアパートに移り住んだ。
アタシは、オスマン大通りにあるプランタンパリタカシマヤに再就職した。
新たな一歩をふみだそうとしたけど、大きくつまずいた。
お得意様、上得意様のお客様相手のお仕事…
分からないことばかりが多いので、大パニックを起こした。
会社の人から『あなたはここしなくてもいいから。』とか『上得意様が来るから…』などとイヤミを言われた。
アタシは、デパートの仕事にあきたので、人事担当の人に『一身上の都合で…』と言うてすぐにやめた。
その次の日、アタシはバイトを探し直すことにした。
しかし…
パリ市内を歩き回って、バイトを探してみたけど、身の丈に合うバイトはなかった。
12月17日のことであった。
アタシは、サン・ジュルコン・デープレ教会の近くにあるクルス・ドゥ・パリ・マビョンエスパス・ピザ(ピザ屋さん)でナスティアと会た。
ふたりは、5ユーロのピザセットでランチを摂りながら話をした。
「デパートの仕事を、1日でやめたの?」
「うん。」
「どうしてやめたのよ?」
「どうしてって、しんどいからやめた…」
「困ったわねぇ…」
アタシは、ミニッツメイド(果汁エード)の350ミリ缶のジュースをゴクゴクとのんで、大きくため息をついてから、ナスティアに言うた。
「あのねナスティア…アタシ…正直言って、パリに来るのじゃなかったと思っていたのよ。」
「それじゃあ、この先どうやって行くのよ?他に行くところはあるの?」
「ないわよ。」
「ないわよって…それじゃあ、アリョーナどうするのよ?」
「アタシ…やっぱりハバロフスクへ帰るわ。」
「ハバロフスクに帰るって?」
「だって…ここにいても、アタシの身丈に合う職業がないもん…今日中にパリから出発しようかと思ってるのよ。」
「ちょっとアリョーナ、今からパリを出発して、列車の乗り継ぎを続けてハバロフスクまで行くの?」
「うん。」
「ここからハバロフスクまで、ものすごく遠いわよ…それでもいいの?」
ナスティアからの問いに、アタシはこう答えた。
「それでもいいわよ。」
「アリョーナ。」
「アタシは、会社づとめができない女だから…結婚するしかないのよ…ナスティアはいいわよ…やりたいことがたくさんある…ボーイフレンドはたくさんいる…アタシは、ひとりで生きて行く力はない…」
「だからってアリョーナ、あんたはカンタンに人生をあきらめるの?」
「仕方がないわよ。神さまは…アタシを見離したわ。」
「それじゃあアリョーナ、あんたが以前付き合っていたタメルランとなんで別れたのよ!?」
「カレの家の家族から結婚を反対された!!」
「アリョーナ。」
タメルランのことをナスティアから言われたアタシは、イライラ声で言うた。
「タメルランのことを言うのはやめて!!」
「アリョーナ。」
「タメルランは…グロズヌイに帰って、家族を助けるために…大学をやめて働いているのよ…母親が大病で倒れて…父親も無職で…ちいさいきょうだいたちがお腹をすかせているのよ…そんな中で、アタシがタメルランに会いに行ったら…ヒナンされるわよ!!」
イライラ声で言うたアタシは、大きくため息をついた。
ナスティアは『タメルランに会いたくないのね。』と語気を弱めてアタシに言うた。
アタシは、タメルランと別れてからギスギスした気持ちを抱えて生きてきた。
だから、何をやってもうまくは行かない。
パリにいづらくなった…
しかし、ハバロフスクに帰っても居場所があるかどうか…
アタシは、そんなやりきれぬ思いを抱えたまま2012年を迎えた。
アタシは、住まいを市内の第10区にあるレピュブリックのクロードヴェルフォー大通りにあるアパートに移した。
バイトは、朝は7時から10時までサンルイ病院でリネン、午後1時から4時までは区役所でショムの仕事、夜の6時から9時まではタンプル大通りにあるナイトクラブの3つをかけもちしてお給料をかせいだ。
月給は、合わせて7000ユーロである。
その中から、アパートの家賃500ユーロをはらう。
他は、食費などの諸々の生活費などに充てる。
そして、残りの2000ユーロを毎月少しずつ貯金をして、ひとりで生きて行くための備えを作る。
とにかく、生きて行くために働かなくては…
アタシは、シャニムになってバイトにはげんだ。
そしてまた、時は流れて…
2012年4月2日の午後2時頃であった。
アタシは、区役所でショムの仕事をしていた。
キャタツを使って、掲示板のポスターを新しいのに貼り替える作業をしていた。
その時であった。
足場が不安定だったので、キャタツがグラグラと揺れて落ちそうになった。
「あぶない!!」
キャタツから落ちそうになったアタシを通りかかった区役所の男性職員に助けられた。
「大丈夫?」
「ええ…大丈夫よ。」
「足場が悪いようだね…怖かったね。」
「うん…」
「よかった。」
「助けてくれてありがとう…アタシの名前はアリョーナよ。」
「アリョーナさんですね…ぼくの名前はフィリップです。」
「フィリップさんね。」
アタシを助けて下さった男性職員さんは、フィリップさんと言う26歳の男性である。
フィリップさんに一目惚れをしたアタシの3度目の恋が始まった。
それから2日後のことであった。
夕方4時に区役所の仕事が終えたアタシは、空いた時間を利用して、近くにあるタンプル公園へ行った。
アタシは、ベンチに座ってお昼に食べようと思っていたサンドイッチで遅い夕食を摂っていた。
その時、アタシはフィリップさんと再び会った。
「フィリップさん。」
「アリョーナさん。」
「おとといは、助けてくれてありがとう…」
「いえいえ…アリョーナさんは、いつもここでごはんを食べているの?」
「そうよ…今は…お昼に食べようと思っていたサンドイッチを食べそこねたの。」
「ランチと夕食がごっちゃになったのか…」
アタシは、フィリップさんに言うた。
「ねえ、フィリップさん。」
「なあに?」
「こんなこと聞くのもなんだけど、フィリップさんは、好きな恋人さんはいるの?」
「えっ?」
フィリップさんは、アタシの問いを聞いてビックリした。
フィリップさんは、アタシに好きな彼女はいないと言うた。
「好きなカノジョは…いないよ。」
「いないの…」
「うん。」
「アタシ…実を言うと…」
アタシは、思いきってフィリップさんに告白しようとした。
しかし、言葉が出ずに苦しんだ。
「どうしたの?」
「ああ、何でもないわよ。」
「変なの…」
フィリップさんは、少しがっかりした表情を浮かべた。
けれど、アタシは勇気を震い立たせてフィリップさんに告白した。
「フィリップさん…あのね…アタシ…フィリップさんの…」
「アリョーナさん、もしかして…ぼくのことが好きになったの?」
「えっ?」
アタシがフィリップさんに告白をする前に、フィリップさんが真っ先にアタシに告白した。
「ぼく…アリョーナさんのことが気になって気になって…何なのだろう…知らないうちに…好きになった…」
フィリップさんからの告白を聞いたアタシは、乳房(むね)の奥がキュンとしめつけられた。
フィリップさんは、アタシに交際を申し込んだ。
「アリョーナさん…ぼくの恋人になってください。」
アタシは、乳房(むね)の奥がますます苦しくなった。
「フィリップさん。」
「アリョーナさん…ぼくは…アリョーナさんのことが…大好きです。」
告白されたアタシは、フィリップさんのトリコになった。
そしてこの瞬間、アタシの3番目の恋が始まった。
アタシとフィリップさんは、2012年の4月8日の復活祭の日に最初のデートをした。
朝方のリネンの仕事を終えたアタシは、フィリップさんとの待ち合わせ場所である地下鉄ゴンクール駅にいた。
アタシのデート着は、上は白色でリップサービスのロゴが入っているTシャツの上から黒のレースのジャケットをはおって、下はデニムのスカートで、足元にはかわいいサンダルをはいて、白のぼうしをかぶって、赤茶色のバッグでコーデである。
しばらくして、フィリップさんが待ち合わせ場所に到着した。
「フィリップさん。」
「お待たせ。」
「それじゃ、行こうか。」
アタシとフィリップさんは、地下鉄に乗って中心部のルーブルヘ向かった。
最初のデートは、チェイルリー公園に行った。
最初は、のんびりと腕を組んで公園内を散策した。
2回目以降は、ルーブル美術館で絵画を鑑賞したり、朝のバイトがお休みの時はマルシェ(朝市)に行って、新鮮な食材の買い出し~その後フィリップさんの部屋ヘ行って、ふたりでクッキングを楽しむなどして愛を深めた。
アタシとフィリップさんがお付き合いを始めてから3ヶ月目になった。
ふたりは、結婚を意識するようになった。
あとは、フィリップさんからのプロポーズを待つのみとなった。
時は流れて…
7月14日の革命記念日のことであった。
アタシとフィリップさんは、シャンゼリゼ大通りにあるフーケッツ(カフェテリア)に行った。
ふたりは、19ユーロのチキンのクラブサンドイッチと8ユーロのブレンドコーヒーでランチを摂っていた。
ランチを摂った後、ふたりはコーヒーをのみながら話をした。
「アリョーナ…今日はアリョーナに話があるけど…聞いてくれるかな?」
「フィリップさん。」
フィリップさんはアタシに言うた後、バッグの中から小さな箱を取り出した。
フィリップさんは、小さな箱のふたを開けた。
箱の中に、カメリアダイヤモンドのエンゲージリングが入っていた。
フィリップさんは、アタシの右の薬指にエンゲージリングをつけながらプロポーズの言葉を伝えた。
「アリョーナ…ぼくの妻になってほしい…ぼくは…アリョーナしか愛せない…」
「フィリップさん…」
フィリップさんのプロポーズの言葉を聞いたアタシは、涙をポロポロこぼして泣いた。
うれしい…
フィリップさんからプロポーズをされたアタシは、フィリップさんとの結婚を決めた。
今度は…
本当に幸せになる…
ううん…
今度こそは、結婚生活を長続きできるように努力するわ…
アタシは、何度も何度も繰り返して自分自身に言い聞かせた。
7月21日、アタシとフィリップさんはバスティーユにあるノートルダム・デスペテンス教会で、結婚式を挙げた。
ふたりは、住まいを第4区にあるフラン・プルジョウ通りにある家賃25ユーロの2階建ての一戸建ての借家で結婚生活を始めた。
家具や家電製品は、区役所の同僚さんたちのご厚意で使い古しの家具と中古でまだ使える家電製品をいただいたので、出費を抑えることができた。
今度こそは、幸せな結婚生活を送りたい…
…と思っていた矢先に、またトラブルが発生した。
結婚式から三日後の7月24日のことであった。
アタシとフィリップさんが暮らしている家に、フィリップさんの出身地のコートダジュールからフィリップさんの両親と無職の妹さん(18歳)が突然転がり込んだ。
フィリップさんのお父さまが保証人になっている友人の借金700万ユーロが払えなくなった…
だから、アタシとフィリップさんに助けを求めた。
フィリップさんの両親と妹さんは最初はリヨン郊外で暮らしている長男夫婦または、次男夫婦の家ヘ行く予定だった。
しかし、どちらも断られたので仕方なくアタシとフィリップさんを頼った。
ふたりきりで暮らして行こうねと約束をしたのに、突然フィリップさんの両親と妹さんが転がり込んだ…
アタシのいらだちは、少しずつ高まった。
次の日の朝のことであった。
アタシは、バイトに行く前にフィリップさんに八つ当たりした。
「あんたね!!約束がゼンゼン違うわよ!!アタシは、あんたにウソつかれたから思い切りキレているのよ!!」
「ウソじゃないよぉ…」
「それじゃ、どうしてあんたの義父と義母と義妹(以後は表記変更)が突然転がり込んだのよ!?」
「オフクロとオヤジと妹は他に行くところがないのだよぉ…」
「やかましいわね!!リヨンにいる義兄夫婦二組に断られたから仕方なくこっちに来た…あんたの義兄夫婦はどこのどこまで自分勝手なのよ!!」
「だから、一番上の兄貴夫婦も二番目の兄貴夫婦も…どちらも娘の結婚問題で…」
「いいわけばかりを言わないで!!あんたはそうやって義父母と義妹にコビヘツラって生きて行くのね!!」
「オフクロはパートに出ると言うた…オヤジは働けないんだよ…」
「キーッ!!なんなのよあんたは!!アタシ、プータローの義父と義妹のメンドーなんかみないから!!プータローの義父と義妹のメンドーはあんたがみてよ!!今日中に義父と義妹を殴り付けて就職させなさいよ!!」
「無理だよぉ…オヤジはともかく…妹はハイスクールを長期間休みがちになった挙げ句に休学…」
「いいわけなんか聞きたくないわ!!今日じゅうに義父と義妹を力で押さえ付けて就職させるのよ!!それができないのであれば離婚よ!!」
フィリップさんと大ゲンカをしたアタシは、赤茶色のバックを持ってバイトに出かけた。
義父と義妹は、あの日を境にして家にこもりきりになった。
アタシとフィリップさんと義母の3人で生活費を稼ぐことにした。
お給料は、アタシが7000ユーロで、義母が4000ユーロがやっとであるのに対して、フィリップさんが一番高く2万ユーロである。
3人の収入の合計は3万1000ユーロであるけど、生活が苦しいことに変わりはない。
義父は、若いときにだいぶ無理をして体が弱っていたのであまり強くは言えない。
問題は、義妹であった。
義妹は、完全に無気力の状態であった。
義妹は、ことあるごとにアタシや義母からおカネをセビリに来るので、すごく困っている。
どうすれば、義父と義妹は立ち直ることができるのか?
アタシは、そんなことばかりを思うようになったので、早くも悲鳴をあげた。
それから15日後の8月15日のことであった。
夕方6時頃に、フィリップさんがすごくイライラした表情で帰宅した。
区役所から職員のお給料が9月分から2割カットされると言う知らせを聞いたので、フィリップさんはものすごくイライラしていた。
区役所側は『経費の節約』と言うて、アイマイにした。
区役所の役員の説明の仕方は、頭ごなしに言う口調だった。
フィリップさんや区役所の職員さんたちは『役員はふざけたことを言うてる!!職員さんたちに経費の節約を押し付けて、区長や役員たちはゼータクザンマイの日々を送っている!!』と激怒した。
フィリップさんは『これから先どうやって生きて行けばよいのか分からない…』と頭を抱えて悩んだ。
9月から、フィリップさんの収入が減る…
生活はますます苦しくなって行く。
アタシは、区役所のショムのバイトをやめて、バイトをひとつ減らした。
これにより、アタシの収入は4670ユーロに減った。
体調を崩した義母は、1日3時間の就労に減らして負担を軽減したけど、生活はいっそう苦しくなった。
そんな時に、新たな問題が発生した。
家にこもりきりになっている義父と義妹が、毎日のようにテレビのチャンネル権争いをしていた。
チャンネル争いは、朝の9時から夕方の4時の間にいつも発生した。
義妹が『アタシが見たい韓流ドラマがあるのにお父さまがチャンネルをゆずってくれない!!』と言う言葉に対して、義父は『ワシはテレビを見ることが楽しみなのにィ…』と口をへの字に曲げて言い返す大ゲンカを繰り広げた。
ブチ切れたアタシは、テレビのコンセントをぬいた。
この時、義父が泣きそうな声で『何でひどいことをするのだよぉ…』とアタシに言うた。
ブチ切れたアタシは、義父を思い切り怒鳴りつけた。
「あんたたち!!下らないチャンネル争いをしているヒマがあるのだったら、外へ出てまじめにシューカツをしてよ!!」
アタシの言葉に対して、義妹は逆ギレを起こした。
「義姉(ねえ)さん!!ひどい!!アタシは、テレビがないと生きて行けないの…」
「あんたね!!同級生のコたちは一生懸命になってハイスクールに行って、勉強をして、大学に行くことや今後の進学のことなどで頭がいっぱいになっているのよ…どうして学校に行かないのよ!!ガッコーに行きなさいよ!!」
「義姉さんこそ何よ!?義姉さんは、ハイスクールを卒業できたからえらいと言いたいのね!!ふざけるな!!」
「キーッ!!もう許さないわよ!!」
アタシは、義妹とドカバキの大ゲンカを起こした。
次第に、フィリップさんの家族との人間関係が一気に気まずくなった。
そして、その日の夕方5時半頃のことであった。
食卓には、フィリップさんと義父母と義妹が座っていた。
テーブルの上に、クイック(ベルギーに本店があるハンバーガーのファストフードチェーン)の1個5ユーロのハンバーガーとミニッツメイドの缶ジュースがおかれていた。
義父は、泣きそうな声で『ハンバーガー1個だけかよぉ~アリョーナさんの手料理が食べたいよぉ…』と言うた。
義母は怒り気味の声で言うた。
「あんたね!!友人知人の借金やクレジットの保証人を引き受けたからこうなったのでしょ!!アリョーナさんがなんで怒っているのか分かっているの!?」
「何だよその言い方は…優しくしてくれよぉ…」
アタシは、ナイトクラブのバイトに行く前に、フィリップさんたちに言うた。
「あのね!!ハンバーガー1個だけでも!!食べる物があるだけでも幸せだと想いなさいよ!!文句を言うのなら食べないで!!」
アタシは、フィリップさんたちを怒鳴りつけたあと家を出た。
食卓は、どんよりとよどんでいた。
それからまた5日後のことであった。
義父がタンブル通りにあるナイトパブに入り浸りになって、一晩中家に帰らない時が多くなった。
事件は、その翌日に発生した。
8月4日、義父に複数のナイトパブのノミ代の合計1万8000ユーロのツケがあったことが発覚した。
アレコレと切り詰めて、質素倹約でお金を使っていると言うのに…
どうして…
アタシだけではなく、フィリップさんと義母と義妹も激怒していた。
それから2日後のことであった。
うちにナイトパブのオーナーさま5~6人が押しかけてきた。
彼らは、義父がためたノミ代のツケ合わせて1万8000ユーロを払えとアタシたちにサイソクした。
アタシと義母は、泣く泣くお父さまのノミ代のツケ合計1万8000ユーロを払った。
この時、アタシとフィリップさんの夫婦関係はますます険悪になった。
それから20日後の8月27日のことであった。
フィリップさんは、家族間のもめ事が深刻になったことを苦に家出した。
その上にまた、虫の知らせが入った。
フィリップさんが家出した同じ日の正午前に、義母が倒れた。
義母は、救急車でノートルダム橋の近くにある私立病院に緊急搬送された。
義母は、病院に搬送された後に集中治療室に入った。
義母は、くも膜下出血を起こして、危険な状態である。
義父と義妹は、しくしくと泣いてばかりいた。
アタシは、義父と義妹に思い切りキレた。
何なのよ…
非常事態におちいっているときに…
どうして、自分たちの力で乗りきろうとしないのよ…
情けないわ!!
アタシは、フィリップさんとの離婚をすると決意した。
アタシは、荷物の整理して家を出る準備を始めた。
これ以上フィリップさんの家にいれば、アタシはつぶれてしまう…
そしてアタシは、ボストンと赤茶色のバッグを持ってフィリップさんの家から逃げ出した。
アタシは、カレの実家の家族に対して『カレと大ゲンカになった…カレがアタシの右の首筋を思い切り噛んだ…ひどく傷ついた…どうしてくれるのよ!?』と大声で怒鳴りつけた。
カレの家族から50万ユーロをぶん取ったアタシは、ボストンバックと赤茶色のバッグを持って、列車に乗ってフランスへ逃げた。
12月8日、花の都・パリに到着した。
ボストンバッグと赤茶色のバッグを持ったアタシは、パリの中心部のオルテルリッツ駅で列車を降りた。
アタシは、途方に暮れていた。
カレの家族からぶん取った50万ユーロで、どうやって暮らして行こうか…
アタシは、そんなことを思いながらセーヌ河沿いの通りを一人で歩いた。
ところ変わって、ベルシー公園にて…
アタシ、公園のベンチに座ってぼんやりと考え事をしていた。
公園に、たくさんのカップルさんや家族連れの人たちが来ていた。
アタシは、5ヶ月前に別れたタメルラン(元カレ)のことを思い出した。
タメルランは、本当にグロズヌイに帰ったのか…
もし、どこかで元気で暮らしているなら、アタシに知らせてほしい…
そんなことよりも、まずはバイトを探すことから始めなきゃ…
そして、住まいを確保しなきゃ…
立ち止まっているヒマは、1分もない…
そんな時であった。
「やだー、アリョーナじゃない。どうしたのよ一体?」
この時、ハバロフスクのハイスクール時代の仲良しで、ソルボンヌ大学に留学中のナスティアと再会した。
「ナスティア…会いたかったわ。」
「アリョーナ、一体どうしたのよ?」
ナスティアと再会したアタシは、セーヌ河沿いのプレシダン・ケネディ大通りにあるアパートヘ行った。
ナスティアが暮らしているアパートの部屋にて…
ナスティアが暮らしている部屋は2LDKの8畳ひとまの部屋で、キッチンとシャワー室とトイレつき…
居間には、大画面の地デジテレビとブルーレイレコーダーと高級家具…
キッチンには、高級調理器具が並んでいる。
部屋の窓から、エッフェル塔がすぐ近くに見える。
ナスティアは、実家から毎月3万ルーブルの仕送りを受けながらソルボンヌ大学へ通っている。
ナスティアは、大学へ行ってどんな勉強をしているのか…
大学に行ったら、すてきなボーイフレンドが何人いるのか…
いいな…
ナスティアは…
うらやましいわ…
ナスティアは、コーヒーとモンブラン(チョコケーキ)を持って居間に入った。
そして、テーブルの上にゆっくり置いた。
「アリョーナ、コーヒーが入ったわよ…」
「ありがとう。」
アタシは、ナスティアから差し出されたケーキをひとくち食べた。
ナスティアは、コーヒーに角砂糖をいれて、スプーンでかきまぜながらアタシに言うた。
「アリョーナ…あんた、女子大はどうしたのよ?」
「やめた…ううん、両親にやめさせられたの。」
「どうしてやめたのよ?」
「どうしてって…」
アタシは、コーヒーをひとくちのんでからワケを言うた。
「一番上の兄が…顧客から預かった預り金を…勝手に持ち出して…ウラジオストクまで行って…サウナ店に…入り浸りになったのよ…あげくの果てに…一番上の兄は…サウナの女と逃げて、行方不明になったのよ…それで、アタシは女子大をやめさせられた…お見合い相手の家の人が…4000万ルーブルをユウヅウして下さった…それでアタシは…」
「お見合いをさせられたのね。」
「うん。」
ナスティアは、アタシに右の首筋についている歯形のことをきいた。
「アリョーナ…あんた…右の首筋に歯形がついているけれど…どうしたのよ…その傷は?」
ナスティアから右の首筋についている歯形を聞かれたアタシは、気持ちが動揺した。
あの日…
タメルランと別れたことと、両親が決めた結婚相手との挙式披露宴のことで気持ちがギスギスしていた…
その時に、ガラの悪い男たちに集団でレイプされた…
歯形は、リーダーの男のもの…
そんなこと、口が避けても言えない…
あの時の恐怖を思い出したアタシは、サクラン状態におちいった。
やめて!!
離して!!
離して!!
「アリョーナ…アリョーナ…一体どうしたのよ?」
ナスティアに言われたアタシは、はっとわれに帰った。
「アリョーナ…一体どうしたのよ?」
アタシは、ナスティアに右の首筋の傷のことを言うた。
「あのね…右の首筋の傷のことだけど…」
アタシは、コーヒーをひとくちのんでからナスティアにわけを話した。
「あのねナスティア…ハバロフスクを飛び出した後、シベリア鉄道に乗って…モスクワを経由してサンクトペテルブルグまで行ったの…サンクトペテルブルグのピロシキカフェでバイトをしていた時に知り合ったドイツ人の男の人と知り合って…お付き合いをして…そして…フライグブルグで結婚をした…けど…ヒモだった…その時に…ダンナと大ゲンカになって…」
「ダンナからのDVで…首筋を思い切り噛まれたのね。」
「うん。」
「それで、あんたはどうしたのよ?」
「ダンナの実家に怒鳴りこんで…50万ユーロをぶん取ったわ…だけど…アタシが生きている限りは、ダンナをうらみ通すわ!!」
「アリョーナ…」
アタシは、たくさん涙を流して泣いた。
しかし、アタシの気持ちは晴れなかった。
もうたくさん…
結婚なんかはしたくないわ…
アタシは、12月10日に市内第2区のモンコルトル通りにあるアパートに移り住んだ。
アタシは、オスマン大通りにあるプランタンパリタカシマヤに再就職した。
新たな一歩をふみだそうとしたけど、大きくつまずいた。
お得意様、上得意様のお客様相手のお仕事…
分からないことばかりが多いので、大パニックを起こした。
会社の人から『あなたはここしなくてもいいから。』とか『上得意様が来るから…』などとイヤミを言われた。
アタシは、デパートの仕事にあきたので、人事担当の人に『一身上の都合で…』と言うてすぐにやめた。
その次の日、アタシはバイトを探し直すことにした。
しかし…
パリ市内を歩き回って、バイトを探してみたけど、身の丈に合うバイトはなかった。
12月17日のことであった。
アタシは、サン・ジュルコン・デープレ教会の近くにあるクルス・ドゥ・パリ・マビョンエスパス・ピザ(ピザ屋さん)でナスティアと会た。
ふたりは、5ユーロのピザセットでランチを摂りながら話をした。
「デパートの仕事を、1日でやめたの?」
「うん。」
「どうしてやめたのよ?」
「どうしてって、しんどいからやめた…」
「困ったわねぇ…」
アタシは、ミニッツメイド(果汁エード)の350ミリ缶のジュースをゴクゴクとのんで、大きくため息をついてから、ナスティアに言うた。
「あのねナスティア…アタシ…正直言って、パリに来るのじゃなかったと思っていたのよ。」
「それじゃあ、この先どうやって行くのよ?他に行くところはあるの?」
「ないわよ。」
「ないわよって…それじゃあ、アリョーナどうするのよ?」
「アタシ…やっぱりハバロフスクへ帰るわ。」
「ハバロフスクに帰るって?」
「だって…ここにいても、アタシの身丈に合う職業がないもん…今日中にパリから出発しようかと思ってるのよ。」
「ちょっとアリョーナ、今からパリを出発して、列車の乗り継ぎを続けてハバロフスクまで行くの?」
「うん。」
「ここからハバロフスクまで、ものすごく遠いわよ…それでもいいの?」
ナスティアからの問いに、アタシはこう答えた。
「それでもいいわよ。」
「アリョーナ。」
「アタシは、会社づとめができない女だから…結婚するしかないのよ…ナスティアはいいわよ…やりたいことがたくさんある…ボーイフレンドはたくさんいる…アタシは、ひとりで生きて行く力はない…」
「だからってアリョーナ、あんたはカンタンに人生をあきらめるの?」
「仕方がないわよ。神さまは…アタシを見離したわ。」
「それじゃあアリョーナ、あんたが以前付き合っていたタメルランとなんで別れたのよ!?」
「カレの家の家族から結婚を反対された!!」
「アリョーナ。」
タメルランのことをナスティアから言われたアタシは、イライラ声で言うた。
「タメルランのことを言うのはやめて!!」
「アリョーナ。」
「タメルランは…グロズヌイに帰って、家族を助けるために…大学をやめて働いているのよ…母親が大病で倒れて…父親も無職で…ちいさいきょうだいたちがお腹をすかせているのよ…そんな中で、アタシがタメルランに会いに行ったら…ヒナンされるわよ!!」
イライラ声で言うたアタシは、大きくため息をついた。
ナスティアは『タメルランに会いたくないのね。』と語気を弱めてアタシに言うた。
アタシは、タメルランと別れてからギスギスした気持ちを抱えて生きてきた。
だから、何をやってもうまくは行かない。
パリにいづらくなった…
しかし、ハバロフスクに帰っても居場所があるかどうか…
アタシは、そんなやりきれぬ思いを抱えたまま2012年を迎えた。
アタシは、住まいを市内の第10区にあるレピュブリックのクロードヴェルフォー大通りにあるアパートに移した。
バイトは、朝は7時から10時までサンルイ病院でリネン、午後1時から4時までは区役所でショムの仕事、夜の6時から9時まではタンプル大通りにあるナイトクラブの3つをかけもちしてお給料をかせいだ。
月給は、合わせて7000ユーロである。
その中から、アパートの家賃500ユーロをはらう。
他は、食費などの諸々の生活費などに充てる。
そして、残りの2000ユーロを毎月少しずつ貯金をして、ひとりで生きて行くための備えを作る。
とにかく、生きて行くために働かなくては…
アタシは、シャニムになってバイトにはげんだ。
そしてまた、時は流れて…
2012年4月2日の午後2時頃であった。
アタシは、区役所でショムの仕事をしていた。
キャタツを使って、掲示板のポスターを新しいのに貼り替える作業をしていた。
その時であった。
足場が不安定だったので、キャタツがグラグラと揺れて落ちそうになった。
「あぶない!!」
キャタツから落ちそうになったアタシを通りかかった区役所の男性職員に助けられた。
「大丈夫?」
「ええ…大丈夫よ。」
「足場が悪いようだね…怖かったね。」
「うん…」
「よかった。」
「助けてくれてありがとう…アタシの名前はアリョーナよ。」
「アリョーナさんですね…ぼくの名前はフィリップです。」
「フィリップさんね。」
アタシを助けて下さった男性職員さんは、フィリップさんと言う26歳の男性である。
フィリップさんに一目惚れをしたアタシの3度目の恋が始まった。
それから2日後のことであった。
夕方4時に区役所の仕事が終えたアタシは、空いた時間を利用して、近くにあるタンプル公園へ行った。
アタシは、ベンチに座ってお昼に食べようと思っていたサンドイッチで遅い夕食を摂っていた。
その時、アタシはフィリップさんと再び会った。
「フィリップさん。」
「アリョーナさん。」
「おとといは、助けてくれてありがとう…」
「いえいえ…アリョーナさんは、いつもここでごはんを食べているの?」
「そうよ…今は…お昼に食べようと思っていたサンドイッチを食べそこねたの。」
「ランチと夕食がごっちゃになったのか…」
アタシは、フィリップさんに言うた。
「ねえ、フィリップさん。」
「なあに?」
「こんなこと聞くのもなんだけど、フィリップさんは、好きな恋人さんはいるの?」
「えっ?」
フィリップさんは、アタシの問いを聞いてビックリした。
フィリップさんは、アタシに好きな彼女はいないと言うた。
「好きなカノジョは…いないよ。」
「いないの…」
「うん。」
「アタシ…実を言うと…」
アタシは、思いきってフィリップさんに告白しようとした。
しかし、言葉が出ずに苦しんだ。
「どうしたの?」
「ああ、何でもないわよ。」
「変なの…」
フィリップさんは、少しがっかりした表情を浮かべた。
けれど、アタシは勇気を震い立たせてフィリップさんに告白した。
「フィリップさん…あのね…アタシ…フィリップさんの…」
「アリョーナさん、もしかして…ぼくのことが好きになったの?」
「えっ?」
アタシがフィリップさんに告白をする前に、フィリップさんが真っ先にアタシに告白した。
「ぼく…アリョーナさんのことが気になって気になって…何なのだろう…知らないうちに…好きになった…」
フィリップさんからの告白を聞いたアタシは、乳房(むね)の奥がキュンとしめつけられた。
フィリップさんは、アタシに交際を申し込んだ。
「アリョーナさん…ぼくの恋人になってください。」
アタシは、乳房(むね)の奥がますます苦しくなった。
「フィリップさん。」
「アリョーナさん…ぼくは…アリョーナさんのことが…大好きです。」
告白されたアタシは、フィリップさんのトリコになった。
そしてこの瞬間、アタシの3番目の恋が始まった。
アタシとフィリップさんは、2012年の4月8日の復活祭の日に最初のデートをした。
朝方のリネンの仕事を終えたアタシは、フィリップさんとの待ち合わせ場所である地下鉄ゴンクール駅にいた。
アタシのデート着は、上は白色でリップサービスのロゴが入っているTシャツの上から黒のレースのジャケットをはおって、下はデニムのスカートで、足元にはかわいいサンダルをはいて、白のぼうしをかぶって、赤茶色のバッグでコーデである。
しばらくして、フィリップさんが待ち合わせ場所に到着した。
「フィリップさん。」
「お待たせ。」
「それじゃ、行こうか。」
アタシとフィリップさんは、地下鉄に乗って中心部のルーブルヘ向かった。
最初のデートは、チェイルリー公園に行った。
最初は、のんびりと腕を組んで公園内を散策した。
2回目以降は、ルーブル美術館で絵画を鑑賞したり、朝のバイトがお休みの時はマルシェ(朝市)に行って、新鮮な食材の買い出し~その後フィリップさんの部屋ヘ行って、ふたりでクッキングを楽しむなどして愛を深めた。
アタシとフィリップさんがお付き合いを始めてから3ヶ月目になった。
ふたりは、結婚を意識するようになった。
あとは、フィリップさんからのプロポーズを待つのみとなった。
時は流れて…
7月14日の革命記念日のことであった。
アタシとフィリップさんは、シャンゼリゼ大通りにあるフーケッツ(カフェテリア)に行った。
ふたりは、19ユーロのチキンのクラブサンドイッチと8ユーロのブレンドコーヒーでランチを摂っていた。
ランチを摂った後、ふたりはコーヒーをのみながら話をした。
「アリョーナ…今日はアリョーナに話があるけど…聞いてくれるかな?」
「フィリップさん。」
フィリップさんはアタシに言うた後、バッグの中から小さな箱を取り出した。
フィリップさんは、小さな箱のふたを開けた。
箱の中に、カメリアダイヤモンドのエンゲージリングが入っていた。
フィリップさんは、アタシの右の薬指にエンゲージリングをつけながらプロポーズの言葉を伝えた。
「アリョーナ…ぼくの妻になってほしい…ぼくは…アリョーナしか愛せない…」
「フィリップさん…」
フィリップさんのプロポーズの言葉を聞いたアタシは、涙をポロポロこぼして泣いた。
うれしい…
フィリップさんからプロポーズをされたアタシは、フィリップさんとの結婚を決めた。
今度は…
本当に幸せになる…
ううん…
今度こそは、結婚生活を長続きできるように努力するわ…
アタシは、何度も何度も繰り返して自分自身に言い聞かせた。
7月21日、アタシとフィリップさんはバスティーユにあるノートルダム・デスペテンス教会で、結婚式を挙げた。
ふたりは、住まいを第4区にあるフラン・プルジョウ通りにある家賃25ユーロの2階建ての一戸建ての借家で結婚生活を始めた。
家具や家電製品は、区役所の同僚さんたちのご厚意で使い古しの家具と中古でまだ使える家電製品をいただいたので、出費を抑えることができた。
今度こそは、幸せな結婚生活を送りたい…
…と思っていた矢先に、またトラブルが発生した。
結婚式から三日後の7月24日のことであった。
アタシとフィリップさんが暮らしている家に、フィリップさんの出身地のコートダジュールからフィリップさんの両親と無職の妹さん(18歳)が突然転がり込んだ。
フィリップさんのお父さまが保証人になっている友人の借金700万ユーロが払えなくなった…
だから、アタシとフィリップさんに助けを求めた。
フィリップさんの両親と妹さんは最初はリヨン郊外で暮らしている長男夫婦または、次男夫婦の家ヘ行く予定だった。
しかし、どちらも断られたので仕方なくアタシとフィリップさんを頼った。
ふたりきりで暮らして行こうねと約束をしたのに、突然フィリップさんの両親と妹さんが転がり込んだ…
アタシのいらだちは、少しずつ高まった。
次の日の朝のことであった。
アタシは、バイトに行く前にフィリップさんに八つ当たりした。
「あんたね!!約束がゼンゼン違うわよ!!アタシは、あんたにウソつかれたから思い切りキレているのよ!!」
「ウソじゃないよぉ…」
「それじゃ、どうしてあんたの義父と義母と義妹(以後は表記変更)が突然転がり込んだのよ!?」
「オフクロとオヤジと妹は他に行くところがないのだよぉ…」
「やかましいわね!!リヨンにいる義兄夫婦二組に断られたから仕方なくこっちに来た…あんたの義兄夫婦はどこのどこまで自分勝手なのよ!!」
「だから、一番上の兄貴夫婦も二番目の兄貴夫婦も…どちらも娘の結婚問題で…」
「いいわけばかりを言わないで!!あんたはそうやって義父母と義妹にコビヘツラって生きて行くのね!!」
「オフクロはパートに出ると言うた…オヤジは働けないんだよ…」
「キーッ!!なんなのよあんたは!!アタシ、プータローの義父と義妹のメンドーなんかみないから!!プータローの義父と義妹のメンドーはあんたがみてよ!!今日中に義父と義妹を殴り付けて就職させなさいよ!!」
「無理だよぉ…オヤジはともかく…妹はハイスクールを長期間休みがちになった挙げ句に休学…」
「いいわけなんか聞きたくないわ!!今日じゅうに義父と義妹を力で押さえ付けて就職させるのよ!!それができないのであれば離婚よ!!」
フィリップさんと大ゲンカをしたアタシは、赤茶色のバックを持ってバイトに出かけた。
義父と義妹は、あの日を境にして家にこもりきりになった。
アタシとフィリップさんと義母の3人で生活費を稼ぐことにした。
お給料は、アタシが7000ユーロで、義母が4000ユーロがやっとであるのに対して、フィリップさんが一番高く2万ユーロである。
3人の収入の合計は3万1000ユーロであるけど、生活が苦しいことに変わりはない。
義父は、若いときにだいぶ無理をして体が弱っていたのであまり強くは言えない。
問題は、義妹であった。
義妹は、完全に無気力の状態であった。
義妹は、ことあるごとにアタシや義母からおカネをセビリに来るので、すごく困っている。
どうすれば、義父と義妹は立ち直ることができるのか?
アタシは、そんなことばかりを思うようになったので、早くも悲鳴をあげた。
それから15日後の8月15日のことであった。
夕方6時頃に、フィリップさんがすごくイライラした表情で帰宅した。
区役所から職員のお給料が9月分から2割カットされると言う知らせを聞いたので、フィリップさんはものすごくイライラしていた。
区役所側は『経費の節約』と言うて、アイマイにした。
区役所の役員の説明の仕方は、頭ごなしに言う口調だった。
フィリップさんや区役所の職員さんたちは『役員はふざけたことを言うてる!!職員さんたちに経費の節約を押し付けて、区長や役員たちはゼータクザンマイの日々を送っている!!』と激怒した。
フィリップさんは『これから先どうやって生きて行けばよいのか分からない…』と頭を抱えて悩んだ。
9月から、フィリップさんの収入が減る…
生活はますます苦しくなって行く。
アタシは、区役所のショムのバイトをやめて、バイトをひとつ減らした。
これにより、アタシの収入は4670ユーロに減った。
体調を崩した義母は、1日3時間の就労に減らして負担を軽減したけど、生活はいっそう苦しくなった。
そんな時に、新たな問題が発生した。
家にこもりきりになっている義父と義妹が、毎日のようにテレビのチャンネル権争いをしていた。
チャンネル争いは、朝の9時から夕方の4時の間にいつも発生した。
義妹が『アタシが見たい韓流ドラマがあるのにお父さまがチャンネルをゆずってくれない!!』と言う言葉に対して、義父は『ワシはテレビを見ることが楽しみなのにィ…』と口をへの字に曲げて言い返す大ゲンカを繰り広げた。
ブチ切れたアタシは、テレビのコンセントをぬいた。
この時、義父が泣きそうな声で『何でひどいことをするのだよぉ…』とアタシに言うた。
ブチ切れたアタシは、義父を思い切り怒鳴りつけた。
「あんたたち!!下らないチャンネル争いをしているヒマがあるのだったら、外へ出てまじめにシューカツをしてよ!!」
アタシの言葉に対して、義妹は逆ギレを起こした。
「義姉(ねえ)さん!!ひどい!!アタシは、テレビがないと生きて行けないの…」
「あんたね!!同級生のコたちは一生懸命になってハイスクールに行って、勉強をして、大学に行くことや今後の進学のことなどで頭がいっぱいになっているのよ…どうして学校に行かないのよ!!ガッコーに行きなさいよ!!」
「義姉さんこそ何よ!?義姉さんは、ハイスクールを卒業できたからえらいと言いたいのね!!ふざけるな!!」
「キーッ!!もう許さないわよ!!」
アタシは、義妹とドカバキの大ゲンカを起こした。
次第に、フィリップさんの家族との人間関係が一気に気まずくなった。
そして、その日の夕方5時半頃のことであった。
食卓には、フィリップさんと義父母と義妹が座っていた。
テーブルの上に、クイック(ベルギーに本店があるハンバーガーのファストフードチェーン)の1個5ユーロのハンバーガーとミニッツメイドの缶ジュースがおかれていた。
義父は、泣きそうな声で『ハンバーガー1個だけかよぉ~アリョーナさんの手料理が食べたいよぉ…』と言うた。
義母は怒り気味の声で言うた。
「あんたね!!友人知人の借金やクレジットの保証人を引き受けたからこうなったのでしょ!!アリョーナさんがなんで怒っているのか分かっているの!?」
「何だよその言い方は…優しくしてくれよぉ…」
アタシは、ナイトクラブのバイトに行く前に、フィリップさんたちに言うた。
「あのね!!ハンバーガー1個だけでも!!食べる物があるだけでも幸せだと想いなさいよ!!文句を言うのなら食べないで!!」
アタシは、フィリップさんたちを怒鳴りつけたあと家を出た。
食卓は、どんよりとよどんでいた。
それからまた5日後のことであった。
義父がタンブル通りにあるナイトパブに入り浸りになって、一晩中家に帰らない時が多くなった。
事件は、その翌日に発生した。
8月4日、義父に複数のナイトパブのノミ代の合計1万8000ユーロのツケがあったことが発覚した。
アレコレと切り詰めて、質素倹約でお金を使っていると言うのに…
どうして…
アタシだけではなく、フィリップさんと義母と義妹も激怒していた。
それから2日後のことであった。
うちにナイトパブのオーナーさま5~6人が押しかけてきた。
彼らは、義父がためたノミ代のツケ合わせて1万8000ユーロを払えとアタシたちにサイソクした。
アタシと義母は、泣く泣くお父さまのノミ代のツケ合計1万8000ユーロを払った。
この時、アタシとフィリップさんの夫婦関係はますます険悪になった。
それから20日後の8月27日のことであった。
フィリップさんは、家族間のもめ事が深刻になったことを苦に家出した。
その上にまた、虫の知らせが入った。
フィリップさんが家出した同じ日の正午前に、義母が倒れた。
義母は、救急車でノートルダム橋の近くにある私立病院に緊急搬送された。
義母は、病院に搬送された後に集中治療室に入った。
義母は、くも膜下出血を起こして、危険な状態である。
義父と義妹は、しくしくと泣いてばかりいた。
アタシは、義父と義妹に思い切りキレた。
何なのよ…
非常事態におちいっているときに…
どうして、自分たちの力で乗りきろうとしないのよ…
情けないわ!!
アタシは、フィリップさんとの離婚をすると決意した。
アタシは、荷物の整理して家を出る準備を始めた。
これ以上フィリップさんの家にいれば、アタシはつぶれてしまう…
そしてアタシは、ボストンと赤茶色のバッグを持ってフィリップさんの家から逃げ出した。