もしも世界が終わるなら

 荷物はそのまま彼が運んでくれ、険しい獣道をどうにか進む。開けた場所に出ると、そこが目的地だ。

「わあ。懐かしい」

 そこは木々に囲まれた心ばかりの広さだけしかない丘。生い茂った草を踏み均し、当時のように草のクッションを作る。その上にぎこちない距離を取りつつも、並んで腰を下ろす。

 木と木の枝の隙間からは、棚田の稲穂が風に揺れている様も眺められる。

「よかった。やっぱり、ちいちゃんだ」

 柔らかく微笑んだ彼は紛れもなく、しいちゃんだ。私だけではなく、彼も半信半疑だったのだと気付く。

「ちいちゃんがこっちに来るときは、『白崎旅館』に泊まるだろうって、隆成はずっと前からそれらしい名前があると連絡を寄越して」

 この田舎には豊かな自然の恵みを受けて働く農家の人か、古くから湧き出ている香月温泉で働くかに限られている。

 宿泊施設はほかにないため、私も類を漏れずに白崎旅館に宿を取った。『佐藤千夏』という名で。
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