もしも世界が終わるなら
白崎旅館に泊まるのだから、彼らと顔を合わせるのはわかっていた。ただ、もしかしたら大人になった自分に誰も気付かないかもしれないと、淡い期待もあった。
「水臭いわって、今話していたところです」
白々しい会話に相槌を打つ気にもなれず、「すみません。突然」と謝りの言葉を口にして、父の方へ頭を下げる。
顔を僅かに上げると、記憶の父よりも少し年老いた姿が目に映り切なくなる。
「これは驚いた。お母さんの若い頃と瓜二つだ」
頬を綻ばせる父の隣で環さんは顔を引きつらせ、それでも笑みを貼りつけている。そのふたりの様子を見て母の言葉が蘇る。
『千生は男の子みたいにしてなさい。男の子の格好がうんと似合うんだから』
褒めてくれているのに、母の悲しそうな顔が今も胸を痛くさせる。
感傷に浸っていると「こんなところで立ち話もなんですよ。お部屋まで案内しましょうね」と、環さんが率先して声を上げる。
「いえ。お部屋さえ教えてもらえれば」
私の申し出に被せるように、父が目尻を細めて言う。
「遠慮していないで。私が案内しよう」
記憶の中の優しい父と重なるが、体は素直に動かない。