もしも世界が終わるなら

「なにをおっしゃいますか。若旦那はお忙しいでしょう?」

 環さんは父の腕に手を置き、見つめて話す。仕事を心配する従業員の距離とは違うなにかを感じ、胸の奥がざわざわする。

「しかし……」

 父は眉尻を下げ訴えているが、環さんは素知らぬ顔で私に鍵を渡す。

「千生ちゃんだって、昔は旅館の子だったんですから。大丈夫よ、ね?」

 顔だけこちらに向け、私にだけ見えるように冷ややかな眼差しをくれてから、父の背中を押して連れて行こうとしている。

 その仲睦まじい姿を見ていられなくて、顔を背け、渡された鍵に書かれた部屋『椿』へと向かう。

 それぞれの部屋の入り口には百合、桔梗など様々な花の絵柄の看板が掲げられている。

 その中のひとつが椿だ。鮮やかな赤い花びらと真ん中は黄色のおしべ。

 母と思い出深い椿の部屋が割り振られたのは、なんの因果だろうかと深読みしてしまう。でも、それはきっと考え過ぎだろう。
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