もしも世界が終わるなら
せっかくの温泉だ。塞ぎ込んでいては、もったいない。浴衣やタオルなどを手に、窓際に歩み寄る。
景色のいい高台に立つ旅館。囲いの向こうには細い月が浮かんでいる。
街灯の少ない田舎では、星が綺麗に見えた思い出も蘇る。こっそり夜に待ち合わせをして、家を抜け出して、ふたりだけで見たことがある。
なにも冬の寒空の下で星の観察をしなくてもいいのに、冬は空気が澄んで星がよく見えると聞き、居ても立っても居られなかった。
夜空に瞬く幾千の星。広大な景色の中で、目を輝かせた。
気づかれないように戻った布団の中。じんじんと冷たい足と、ドキドキと騒がしい鼓動になかなか眠れなかった。
私たちだけの秘密を共有して、くすぐったいような誇らしいような気持ちを抱いた。
月から視線を落とすと、丸い滑らかな陶器の風呂の水面は、注がれ続ける湯で緩やかに揺れている。
美しい風景を独り占めしているみたいで『贅沢だなあ』と、しみじみと思う。