もしも世界が終わるなら
その頃のいつもの場所は、旅館からほど近い田んぼのあぜ道だった。ただ、いくら待ってもしいちゃんは現れなかった。
暗くなっても帰ってこない私を、母が心配して探しに来た。
なにも言わず、ただ抱き締める母に、『しいちゃんはどうしたの?』と、どうしても聞けなかった。
不安だった気持ちと母に心配させてしまった申し訳なさが綯い交ぜになって、涙があふれて止まらなかった。
「あの日、ごめんね。私が行かなきゃいけなかったのに」
長年の心残りを打ち明ける。それだけじゃ許されないのは、わかっている。その思いが微かに声を震わせる。
『あいつが変態だったら、俺が成敗する』
当時流行っていた時代劇の言葉を引用して、私を笑わせたしいちゃん。本当に有言実行してしまったのかもしれない。もしそうなら、私にも責任がある。
穏やかで緩やかな優しい思い出。その中に私の知らない狂気が隠されていたのだとしたら。
そんなわけない。何度も打ち消しても、浮かんでくる仮説。
突然、引っ越したのは、しいちゃんとは物理的に会えなくなってしまったから……。