もしも世界が終わるなら
人の凄まじい怒りを間近に感じ、言葉を失い、足下が揺らいでいるような気さえして歩くのもままならなくなる。
しばらく歩いたあと立ち止まる。
「あの子、しいちゃんを好きなんでしょう?」
捨て台詞を吐いた女性は、あれ以上追ってはこない。恐怖は感じた。それを上回る悲しさに、それから寂しさも。
私は、あんなに狂おしいほどに人を求める感情が湧き上がったことはない。
「それは……」
一緒に立ち止まったしいちゃんは、絞り出すように言う。
「俺が自暴自棄のときに、一時期付き合っていた」
どうしてか、それだけの言葉で美しい思い出はガラガラと音を立てて崩れていく。私は勝手に彼を妖精かなにか、美しく高貴なもののようなイメージをしていたのかもしれない。
先生に仮に穢されていたとしてもなお、まばゆい瞬きの中にいた彼が、急に泥臭い人間に思えた。