もしも世界が終わるなら

「進次郎さんも取り乱したわ。『なにを馬鹿なことを』って。宗一郎さんは『それならせめてふたりの子どもが産まれたら、俺の嫁にしていいか』なんて言うものだから、進次郎さんはショックでふらついて……」

 どうしてずっと男の子の格好ばかりしていたのか。急に謎が解けたような気がして、体に腕を回し自分を抱きしめる。

「事故だった。進次郎さんは体のバランスを崩して、崖から転倒してしまったの」

 絶句してスマホを落としそうになる。旅館の裏手。母屋の脇にある崖。私の記憶では頑丈な竹の柵で囲まれて、近づけなくなっている。

 母たちの一件があったから、厳重に囲まれていたの? 二度と痛ましい事故が起きないように。
 指先から血の気が引いて、体はカタカタと震え始める。

「何日も泣いたわ。進次郎さんとは入籍していて、仕事も辞めていた。なにより目の前で最愛の人を亡くし、私も後を追おうとした」

 母の苦しみを痛いほどに感じ、なんて声をかければいいのかわからない。悲しいはずなのに、涙は枯れたみたいに流れない。

 母も当時を思い出してつらいのだろう。搾り出したような声で話し、声を抑えて泣いているのがわかる。

 それでも、母は話すのをやめなかった。
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