もしも世界が終わるなら

 そこで不意に、同僚の夏目さんに言われた言葉を思い出し、ひとり苦笑する。

 夏目さんは二年先輩の三十二歳。素敵な人であるのに、独身でいるから周りが放っておかなくて、私まで彼の年齢を知っている。

『どんな人にも分け隔てなく優しくて仕事もできる、三十二歳で独身! 優良物件ですよ!』と、後輩の美月ちゃんがよく話している。

 そんな優良物件の夏目さんから、休み前にお誘いされた。

『空いている日があれば、食事でもどうかな』

 これには目を丸くして、つい正直に本当の予定を口にしていた。

『この連休はひとり旅をするつもりでして』

 夏目さんは眉を上げ、目を見開いた後、『倉持さんがひとり旅だなんて心配だな』と微笑んだ。

 悪いことをしたかな。断られるだなんて、思っていなかったのかもしれない。

 冗談で言ったのだろうけど、心配だと口にした夏目さんに、電車内で声をかけられたところを見られでもしたら、『だから言ったんだ』と言われてしまうのかな。
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