もしも世界が終わるなら

「帰ってきたばかりで疲れているかな。今からは食事には行けない、か」

 言葉を選ぶように誘われて、こちらも返事をするのに臆する。

「そうですね。今日はちょっと」

 母が待っているし、それに今日はひとりでゆっくりしたい。

「そっか。うん。そうだよな。しっかり休んで」

 穏やかな夏目さんの顔が浮かび、胸の奥が小さく痛い。すると続けて夏目さんが話す。

「前に」

「え?」

「前に警察官を引き合いに出したのは、警察官の結婚相手は犯罪履歴がないか調べられるから」

「えっと……」

 戸惑っていると、乾いた笑い声が聞こえる。

「ごめん。忘れて」

 なんとなく夏目さんの言いたいことはわかる。もう自分の出生がわからないという理由で、人からの好意を有耶無耶にはできない。自分自身の気持ちで、真正面から向き合わなければ。
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