今夜、妊娠したら結婚します~エリート外科医は懐妊婚を所望する~
正直、百合根さんが退職の道を選んだことは意外だった。

仕事が大好きで、キャリアをガンガン積み上げてきた彼女が、あっさりとその地位を手放してしまうなんて。

「私、ふたつのことを同時にできるほど器用じゃないのよ。育児をすればきっと仕事が思う存分できなくなる。でも、仕事ができないのを子どものせいにしたくないでしょう?」

育児が大変――それは周りを見ればなんとなくわかる。

子どもが熱を出したと言ってとんで帰る社員もいる。でも、締め切りは延ばせやしないから、家で徹夜をしてでも仕上げてくる。

編集長の仕事なんて言ったら、もっと融通が利かない。それを察して、百合根さんは自ら退職の道を選んだのだろう。

「それにね。日に日に膨らんでいくお腹を見ていたら、もうキャリアとか、どうでもよくなってきちゃって」

百合根さんが立ち上がって私に両手を差し出す。

菜々ちゃんをそうっと預けると、彼女は見たこともないような穏やかな目で我が子を抱いた。

「二十年間、ひたすら仕事を頑張ってきた。でも今は、きっと育児を頑張る時期なのよ」

まるでマリアさまのような表情の百合根さんを見ていたら、その選択がすごく正しいものに思えてきた。
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