今夜、妊娠したら結婚します~エリート外科医は懐妊婚を所望する~
確かに研修医の彼は真面目で誠実そうではあったけれど、患者さんにどんなことを言われても笑って流してしまえるような、よく言えば温厚、悪く言えばドライな男性だった。

コミュニケーションが取りやすい反面、わかりやすく愛想笑いで、どこか心を許しがたい印象があった。

「でも、あれ以来、感情をストレートに出してくれるようになった気がするな。壁がなくなったって感じがしたよ』

あの事件以降、例の横暴な患者さんはすっかり大人しくなって、研修医の先生も淡々と仕事に打ち込んでいるように見えた。

直接私を担当してくれていたわけではなかったから、その姿をたまに見かけるくらいしか接点はなかったけれど……。

ああ、でも、一度だけ彼のほうから声をかけてくれたことがあったかな。確か私が退院するときだった。

ぼんやりと男性の顔が頭に浮かび上がってきて、そのときの記憶がよみがえる。

優しくて、穏やかな表情。地味だけど確かに綺麗な顔をしていた。その面影が悠生さんと重なる。

――『退院おめでとう』それから『ありがとう』――。

……どうして感謝されたのだろう。そのときも考えた気がするけれど、結局よく分からなかった。
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