今夜、妊娠したら結婚します~エリート外科医は懐妊婚を所望する~
どうして彼の愛情を疑ったりしたのだろう。昔のお見合い相手とか、結婚の理由だとか、そんなのはどうでもいいことなのに。

ただひとつ確かなのは、彼が私を――私たちの子どもを、命がけで守ってくれたということ。

彼は夫として、父として、私たちを大切にしてくれている。それだけで充分だったはずなのに。

目から涙が溢れてきて止まらない。

彼が死んでしまったら、どうすればいいのだろう。私は彼に曖昧な態度を取ったまま、『愛している』のひと言すら伝えられず、永遠のお別れをすることになるのだろうか。

「……杏」

か細い声が聞こえてきて、視界を滲ませている涙を指先で拭うと、悠生さんは覚束ない呼吸のまま私に手を伸ばしていた。

その顔は――笑顔。すごくつらそうで、苦痛に目元を歪ませながら、それでも私のために気遣わしげに笑っていた。

「……平……気……だから……」

息もまともにできていないはずなのに、私を落ち着かせようと手を握ってくれる。

ストレッチャーが運ばれてくると、悠生さんは医師たちに担がれそうになって、でも心配をかけまいとしたのだろう、毅然と周囲の手を振り払った。

自分で立ち上がろうとして、けれどよろけてしまい、周囲の医師たちにもたれかかる。
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