今夜、妊娠したら結婚します~エリート外科医は懐妊婚を所望する~
「……ありがとうございます」

「ほら、段差。大丈夫? 手、繋いでいてあげようか?」

「……け、結構です……!」

彼がからかい半分で私の手を取ったとき。

ちょうど入院棟入口のガラス扉から、車椅子の患者さんがやってきた。

「あら、西園寺先生、ごきげんよう」

毛糸のブランケットを肩からかけたおばあちゃんだ。年齢は八十代といったところだろうか。

血色がよく表情も穏やかで、あまり病人には見えない。これからお散歩だろうか、看護師に車椅子を押してもらっている。

西園寺先生と私が手を繋いでいるところを目撃してしまったご婦人は、勘違いしたのだろう、「まぁ」と頬を染める。

「仲良くデート? 羨ましいわぁ」

私は慌てて手を振りほどく。「あのっこれは違――」言い訳しようとしたところで、西園寺先生はひょいっと一歩踏み出してご婦人を覗き込んだ。

藤村(ふじむら)さんだって僕と手を繋いで歩いてくれたじゃありませんか」

「それは私が外来で倒れそうになったときの話ね。胸が痛くって、それどころじゃなかったわ」

西園寺先生はご婦人の手首をとって脈を確認した。次いで首筋に触れ、舌瞼を軽く引っ張り、ひと通り確認したあと、肩のブランケットを胸元まできちんとかけ直してあげた。
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