【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

1 運命だと婚約破棄されたが、それはただの浮気です



「アニエス。俺は運命の相手に出会った。おまえとの婚約は破棄する」
 高らかに宣言する少年を見て、アニエス・ルフォールは心底がっかりした。

 ここは王家主催の舞踏会の会場だ。
 多くの貴族と王族までもが参加するこの場で、何て私的な馬鹿騒ぎを起こそうとしているのだ。
 王位継承権を持っていないとはいえ国王の甥であるフィリップが、まさかここまで馬鹿だとは思わなかった。

 へなちょこ野郎だとは思っていたが、ここまで致命的な馬鹿だとは。


 アニエスの目の前に立つのは、婚約者のフィリップ・ヴィザージュ。
 その傍らには縋るように腕にしがみつく少女がいて、潤んだ瞳でこちらを見ている。
 なるほど、フィリップはこんな風に可愛らしい感じが好みだったのか。

 アニエスの桃花色の髪は、寸分の隙間も許さぬほどぴっちりとまとめ上げられていて、髪飾りひとつつけていない。
 対して少女の飴色の髪は緩く巻かれいて、レースのついた水色のリボンで飾られている。
 フィリップの指示で味気ない髪形にしているというのに、この少女は華やかに飾り立ててる。
 この差が、つまりはフィリップの想いの差なのだろう。

 じっと綺麗な飴色の髪を見ていると、視線に気づいた少女は怯えるようにフィリップの陰に隠れた。
 何て滑稽なのだろう。
 まるで、アニエスが二人を引き裂く障害物のようではないか。

「運命、ですか」
「そうだ。私は(つがい)を見つけた。運命の相手で、魂の伴侶だ」
 アニエスの呆れた様子に気付いていないらしく、フィリップは得意気に胸を張って答えた。

 王族には竜の血が入っているという。
 竜の血の話の中で一番有名なのは、『番』だ。
 出会うことは稀だが一目でわかるという魂の伴侶で、決して引き裂くことはできないらしい。
 どこまで本当なのかわからないが、少なくとも一般にはそう信じられている。

 それを今、持ち出すのか。
 たしかに燃えるような愛情は皆無だったとはいえ、それなりに良好な関係だったのに。
 家族以外でキノコが生えないのは彼くらいで、そういう意味では信頼していたのに。

 急速に心が冷えていくのがわかった。
 同時に、ふつふつと怒りが湧いてくる。
 今まで必死に勉強して、淑女たらんと我慢してきた。
 苦労も忍耐も、すべて水の泡だ。
 ついでに、キノコも生えそうだ。

 ――ふざけるな。
 アニエスの中で、何かのネジが弾け飛んだ。


「……つまり、浮気の末に乗り換えるのを、正当化したいのですね?」

 アニエスはそれまで浮かべていた笑顔を取り下げると、ため息をついた。
 明らかに揶揄する言葉に、フィリップが目を瞠っている。
 今までは大人しく従っていたから、驚いたのだろう。

 だがアニエスは元々、言いたいことは言う方だ。
 仮にも伯爵令嬢という立場で、目的があったからこそ、今まで我慢していただけだ。
 そして、もう我慢する理由がない。

「無礼な。竜の血を引く王族に対して何という言い草だ」
「では何故、先に婚約解消を申し入れてくださらなかったのですか」

「それは、おまえが承諾しないだろうと」
「打診もせず、何故言い切るのですか」

「だってそうだろう、俺にはキノコが――」
「キノコで自惚れないでください。『婚約者はいるけれど、他の女性に手を出しました。乗り換えたいです』と正直に言ってくだされば良かったのです。そんな不誠実な相手との婚約など、喜んで解消しました」

「重ねて無礼な。私は番と出会ったのだ。おまえの存在が偽物だっただけだ。偽キノコだ」
「だから、キノコは関係ありません」
 フィリップは苛立ちを隠すことなく眉を顰めると、背後に視線を移す。


「衛兵、王族に無礼を働く女を牢に入れろ。少し、頭を冷やすといい」
 だが声をかけられた兵は、フィリップの言葉に従うべきか迷って顔を見合わせている。

 それは当然だ。
 彼らは舞踏会の警護が任務であり、婚約破棄騒動に関わりたくなどないだろう。
 それも、王族とはいえ端くれのフィリップの命令に。

 だが、再三にわたって王族の名を出されれば、従わざるを得ない。
 何と悲しい身分の差。
 渋々アニエスの腕を取ろうとする兵に心の中で同情しつつ、その手を避けた。

「触らないでください。牢に入れと言うのならば、入ります。婚約解消でも破棄でも、どうでもいいので結構です。ただ、一つお聞きしたいのですが」
「何だ。今更何を言っても婚約は破棄するぞ」

「それは一向に構いません。むしろ、さっさと手続きを済ませてください」
「じゃあ、何だ」
 アニエスは眉を顰めるフィリップの鈍色の瞳を見据えた。

「運命だというのなら何故、偽物と婚約したのですか。そんな節穴の目で見つけた番とやらは、本当に本物ですか?」

 フィリップの表情が一気に険しくなり、衛兵の剣に手をかけて引き抜く。
 きらりと光を返す刃が美しい。

 切るなら切ればいい。
 そうすればアニエスは浮気の上に捨てられた女から、浮気した婚約者に切り付けられた女になる。
 どちらも甲乙つけがたい酷い扱いだが、後者ならば少しは同情の声も入るだろう。
 何せ、王族主催の舞踏会で婚約破棄騒ぎを起こした上に、婚約者である貴族令嬢に剣を振るうのだ。
 フィリップが王族の端くれとはいえ、何のお咎めもなしとはいかないだろう。

 アニエスが……ルフォール家が一方的に悪くなければ、それで十分だ。
 どうせなら、キノコが生える前に切ってほしい。
 唇をかみしめて、恐怖に立ち向かうようにフィリップを見つめる。


「――何の騒ぎだ」

 その時、よく通る低い声があたりに響いた。




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新連載開始します。
キノコが生えるまで、少々お待ちください。
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