【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章
11 話しかけないでください
会場に着くと、一斉に視線が集中したのがわかる。
これぞ注目の的という感じだが、それもそのはず。
公開婚約破棄という不名誉な事件の当事者と、浮いた噂のない麗しの王子の組み合わせだ。
ここからは離れて歩くわけにもいかず、クロードに手を引かれているが、キノコを抑えるのに集中しなければいけないので疲れる。
淑女として扱われることに居心地の悪さを感じてしまうが、ここで逆らう意味もないので大人しく従う。
……従おうとは、思っている。
だが正直に言えば不満だし、不安だ。
何よりも、キノコの大量発生が心配だ。
「アニエス嬢、ダンスに誘ってもいいかな?」
「……断っても良いのですか?」
一応聞いてみると、クロードは困ったように笑う。
「それなら、ひざまずいてお願いしようか」
「――お、恐ろしいことを言わないでください!」
これだけの衆目の中、公開婚約破棄された女が王子をひざまずかせるなんて、何を噂されるかわかったものじゃない。
「なら、俺と踊ってくれるかな」
「……はい」
これは、ちょっとした脅しだ。
この王子、キノコのことを忘れていないだろうか。
口をへの字にしながら踊るアニエスを見て、クロードは何やら微笑んでいる。
もしかして、嫌がらせか。
あるいは、本当にキノコまみれになりたいのかもしれない。
でも駄目だ。
たとえ本人が期待していたとしても、こんな注目された状態でキノコは駄目だ。
浮気の末に公開婚約破棄された女から、浮気の末に公開婚約破棄されたキノコ女になってしまう。
唇が白くなるほど噛みしめて踊っているせいで、疲労が凄い。
「随分、強張った顔だね」
「集中しているんです。話しかけないでください」
言葉も終わらぬうちに白い手袋に白いキノコが生えたが、クロードは踊りながらキノコをむしってさりげなくポケットに入れた。
ちらりと見た限り、ササクレシロオニターケだ。
柄の部分のささくれと傘のイボが特徴で、見た目は真っ白なベニテングターケと言って良い。
それなりにインパクトがあると思うのだが、動揺を感じさせない動きだった。
思わぬキノコあしらいの上手さに、アニエスも少しばかり感心する。
だが、このままではクロードのポケットはキノコでいっぱいになってしまう。
アニエスは更に強く唇を噛みしめた。
いよいよ集中力も切れてキノコ的に限界を迎える寸前、ようやく音楽が終わる。
アニエスは、すぐにクロードから離れて深呼吸をした。
複雑そうな表情でそれを見るクロードには悪いとは思うが、こちらだってキノコで必死だったのだから許してほしいものだ。
ダンスが終わるのを見計らったように、使用人がクロードに近付き耳打ちすると、麗しい眉がぴくりと動いた。
「……わかった」
いつの間にか腰にも生えていたササクレシロオニターケをむしってポケットに入れると、うなずき返す。
使用人はキノコを握る王子に首を傾げながらも、礼をして去って行った。
「陛下に呼ばれたから、行ってくる」
「そうですか」
「アニエス嬢も一緒に来るか?」
「嫌で……いえ、遠慮しておきます」
素直な言葉がこぼれかけたが、どうにか取り繕う。
大体、甥が浮気して婚約破棄した令嬢など、国王だって会いたくはないだろう。
「俺がいない間に何かあるといけないし、モーリスを呼ぼうか」
「い、いえ結構です」
既に十分目立ったのに、この上他の男性と一緒だなんて勘弁してほしい。
「なら、このホールの中にいるんだよ。何かあれば、使用人に声をかけてくれ。すぐに戻るから」
クロードの背中を見送りつつ、アニエスは心の中でほくそ笑んだ。
これは、チャンスだ。
今のうちに着替えて帰ろう。
「……でも、部屋の位置がわかりませんね」
勘で歩いてみてもいいが、王宮の中をうろつく不審者になるのも良くない。
それに、クロードを放置して勝手に帰ったら、お咎めがあるだろうか。
「とはいえ、このままここにいるのも……」
「――アニエス! おまえ、何故ここにいるんだ」
聞き慣れてはいるものの、今は聞きたくない声が耳に届く。
ちらりと視線を動かせば、予想通りそこには黄褐色の髪に鈍色の瞳の元婚約者、フィリップの姿があった。
当然のように、隣にはあの婚約破棄の時の少女がいる。
飴色の髪は今日も綺麗に巻かれていて、若葉色の瞳に紅のドレスがよく映えていた。
アニエスには髪をまとめることや地味色のドレスを要求していたのに、この女性は随分と華やかな恰好だ。
これは、アニエスの髪色が気に入らなかったからなのか、彼女が運命の相手とやらだからなのか。
どちらにしても、なかなか不愉快である。
王族の端くれらしく一応整った部類に入るはずの顔も、今は不愉快にしか見えない。
いっそこのまま、不愉快なキノコまみれにしてやりたいくらいだ。
「何をしに来たんだ。婚約破棄したはずだぞ」
「しましたね」
正式な書類ではまだ婚約者だが、手続き自体はもう終わっているので、あと数日待てばいいだけだ。
「もう無関係だぞ」
「その通りです。ですから、私に話しかけないでください」
さっさとどこかへ行ってほしいアニエスが眉を顰めていると、フィリップは小さく息をついた。
「強がるな」
「は?」
「……フィリップ様のことが、まだお好きなのですね」
労わるような言葉をかけつつ、少女はフィリップの腕にすがるように寄り添う。
いちゃつくのは勝手だが、どうか遠くの方でお願いしたいものだ。
大体『まだ好き』の意味がわからない。
過去一度たりとも、そういう意味でフィリップを『好き』だったことなどない。
『手のかかる弟の様な、一応王族』というのが、フィリップの最終ステータスである。
そこにあるのは長年一緒だった腐れ縁的な情であり、それすらも先日の騒動で霧散した。
「ありえないです」
「では、何故ここにいるのですか? パートナーもいないのに」
どうやらこの少女の中では、フィリップに未練があって舞踏会に押しかけて来たことになっているらしい。
絶対にありえない。
あの現場にいたどころか当事者だというのに、何を考えているのだろう。
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【今日のキノコ】
ササクレシロオニタケ(細裂白鬼茸)
大きなイボが特徴的な白いキノコで、柄の部分にささくれがある。
全身美白した、ベニテングタケという感じ。
一応毒とされているが可食ともされている……って、怖くて食べられない。
ベニテングタケ(「赤いキノコが生えました」参照)
赤地に白い水玉模様という、絵に描いたような毒キノコ。
可愛いけれど、食べたくはない。