【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章
15 麗しのキノコの変態王子
「君の言う弟への悪影響を払拭するためにも、良いと思うけれど」
「どういうことですか」
弟とは、聞き捨てならない言葉だ。
隙あらば離れようとしていたアニエスが食いついたのを見て、クロードは笑みを浮かべた。
「例の騒動の後、今日もフィリップと口論した形だろう? かなり目立っていたし、このまま社交界から消えても暫く記憶は残る。それなら俺と一緒にいるところを見せて、フィリップとはもう何でもないし、傷心を慰めた王子と運命の恋という印象にした方が有効じゃないか?」
「それは、他人事なら確かにそうかもしれませんが。……殿下が愛しているのはキノコであって、私は関係ありません」
「何を言うんだ。このキノコは君が生やしたものだ。俺はこのキノコに惚れた。即ち、君に惚れた」
……駄目だ。
変態の思考についていけない。
何なのだ。
この国の王族は馬鹿ばかりなのか。
へなちょこ勘違い浮気野郎との婚約が破棄されたと思ったら、今度は麗しのキノコの変態王子にキノコのついでにプロポーズされるとは。
どれだけ男運……いや、王族運がないのだ。
変態と話しても埒が明かない。
アニエスは扉のそばに立って、じっと黙っているモーリスに救いを求めて視線を送った。
すると、アニエスに気付いたモーリスは、朽葉色の瞳をそっと伏せた。
「諦めてください。殿下のキノコへの愛は本物です」
「……そこは嘘でも、私に好意があると言っておきましょうよ」
「キノコ愛を除けば、器量良し、身分良し、騎士としても優秀で将来性良しの優良物件です。どうぞ諦めてキノコをお出しください」
王子が変態なら、騎士もおかしい。
まったく諦めきれないアニエスは、激しく首を振った。
「――嫌です。私はキノコ生産工場じゃありません」
「それは無粋だ。せめて愛のキノコ発生装置と呼ぼう」
「キノコの変態は黙ってください」
楽し気に会話に入って来たクロードを抑えると、興奮のせいで二人の腕にオリーブ褐色のキノコが生えた。
あのココアパウダーまみれのような色の傘は、おそらくササターケだ。
既にクロードの手袋を賑やかに彩るノボリリュウターケとオオワライターケも相まって、一人キノコパーティ状態である。
ほぼ毒キノコなので、呪われた華やかさだ。
嬉々とした表情でキノコを撫でると、クロードは小さく息をついた。
「……仕方がないな。では、俺の片思いということにしようか」
どこが仕方ないのか、さっぱりわからない。
アニエスの心の声が通じたのか、クロードはにこりと微笑みを返した。
絵面だけならば乙女がときめくに相応しいのだが、いかんせん相手はキノコの変態だ。
油断するとキノコをもぎ取られてしまう。
「公開婚約破棄されたせいで君は傷物として価値が下がっていて、それが弟や家に悪影響を及ぼすのが嫌ということだろう? 俺が君を見初めて夢中だと知られれば噂は上書きされるし、君の価値も少しは戻る。……これでも、王位継承権第二位で第四王子。騎士団を統率する立場の一人だからな」
キノコの変態王子が、自らの権威をおかしな方向で使い始めた。
開いた口が塞がらないアニエスの前で、クロードは腕に生えたキノコをもぎ取った。
「『第四王子の運命の恋の相手』を受け入れられないと言うのなら、王家の力で婚約するという手もある。俺は婚約者もいないし、陛下にも歓迎されるだろうな」
「わ、私はフィリップ様のおさがりですよ?」
自分で言うのも嫌な表現だが、キノコの変態を落ち着かせるため、背に腹は代えられない。
だが、不快な表情を期待したというのに、クロードは呆れたように苦笑するだけだ。
「美しいキノコの前では、些末なことだ」
変態のキノコ愛が、思った以上に深くて厄介だ。
アニエスは反撃の方向を変えることにした。
「大体、私はこの髪色です。陛下をはじめとして、皆様不快に思うでしょう」
「何故だ?」
「何故って、この国で桃花色の髪は厭われていますよね?」
キノコ以外に興味がないとしても、それくらいは知っているはずである。
平民として暮らしている時も、伯爵令嬢として過ごしても、この髪は厭われた。
特に世間体を重んじる貴族はその傾向が強く、フィリップが髪をまとめるように言っていたのもそのせいだった。
「――綺麗だぞ」
「え?」
「まるで春の花畑のようで、とても綺麗な色だ」
こともなげにそう言うクロードを見て、アニエスは絶句した。
「キノコの次にな」
……良かった、やっぱり変態だった。
おかしな安心感に、アニエスはため息をついた。
「それにフィリップと婚約できたということは、王家は君を認めている。何も問題はないよ」
「……アニエス様。キノコを見せた時点であなたの負けです。もう無理ですから、諦めてください」
モーリスから、優しく残酷な言葉がかけられる。
確かに、キノコの変態王子には話が通じそうにない。
こうなったら、できるだけアニエスに有利な条件を引き出した方がいい。
変態の勢いにのせられるのは危険だ。
このままでは王家の力で、勝手に婚約させられかねない。
権力を持つ変態なんて、最悪だ。
「……少し、考えさせてください」
元は優秀らしいし、時間を置けば気の迷いに気付くかもしれない。
というか、気付いてほしい。
頼むから。
アニエスの願いを込めた眼差しに、クロードはゆっくりとうなずき返した。
「わかった。よく考えてくれ。俺は君と、清く正しいキノコを育むつもりだ」
……駄目だ、やはりわかっていない。
「俺の運命の恋、アニエス嬢。これからよろしく」
クロードはアニエスの手をすくいとると、触れるか触れないかの口づけを落とした。
驚愕と混乱から、またもやクロードの手袋はオオワライターケで溢れる。
満面の笑みでオオワライターケをむしる姿は、さすが麗しのキノコの変態王子の名に恥じぬ美しさだ。
アニエスは今日ほど自身のキノコを厭わしいと思ったことはなかった。
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【今日のキノコ】
ササタケ(笹茸)
オリーブ褐色の傘を持つキノコ。
見た目はココアパウダーまみれの椎茸のような感じで美味しそうだが、毒キノコ。
消化器系の中毒症状が出るらしい。
ノボリリュウタケ(「史上最低のプロポーズ」参照)
クロードの手袋で大人しくしている。
オオワライタケに囲まれて、少し気まずい。
オオワライタケ(「史上最低のプロポーズ」参照)
ノボリリュウタケを取り囲んでいたが、どんどん仲間が増えた。
合体したら、キング・オオワライタケになるかもしれない。